喫茶店の中で三人はコーヒーを待っていた。そこは舞がよく行くような喫茶店ではなく、たばこの臭いが染みついた暗いスペースだった。とはいえ、二階にあるその喫茶店は道路側に面した壁がすべてガラス張りになっていて、外側に座った俊雄は下を流れる人波を眺めていた。
「戸辺誠十郎……さん?」
その名前と「ライター」という肩書き、電話番号のみというシンプルな名刺を見ている間に、その誠十郎はたばこに火を点けていた。俊雄はその行為に露骨に嫌悪感を表していたが、舞はそんなことは構わずに質問を始めた。
「……雅樹が人を殺したって、本当のことですか?」
「ああ」
灰皿に、灰が落ちる。
「俺の親父を、あいつは殺した」
その言葉を聞かなかった振りをして、ウェイターはコーヒーを置いていった。
俊雄は下を見たままだった。舞は、誠十郎の目を見据えていた。その瞳は、続きを話すようせかしていた。
「……ずっと昔の話だ。俺はまだガキだった。親父は刑事だった。ま、戦後のまだじめじめとしていた時だ。どんなもんかたかが知れてるがな」
懐疑心たっぷりの目を俊雄は向ける。舞は、さらに話を求めていた。
「俺はホントに小さなガキだった。だがな、決して忘れられないことがある。親父は、何度かあいつを家に招待してた」
「あいつって、雅樹のことですか?」
「ああ。真っ赤なシャツ一枚で、隆々とした筋肉を見せつけていた。俺にとっちゃ親父は何者よりも怖かった。だが……」
誠十郎の顔が、強張った。
「あいつよか、何十倍もましだ。やつの目は人の死を何とも思っちゃいない目だ。あいつが立ち去ったあと、親父はいつもほっとしていた。誰にも見せられない顔だった」
「朴さんは、なんであなたの父親に会いに来たんですか?」
誠十郎はその俊雄の言葉の棘に気づいていないようだった。
「利用していた……というより、協力してもらった、ってのが正解だろうな。親父はあいつから裏の情報を得ていたそうだ。あいつは家に来ても、飯は食ったが酒は飲まなかった。食うだけ食うととっとと帰っていった。何を見返りにしていたのか、今となっては何も判らんがな……」
気づくと、舞は誠十郎の方を見ていなかった。視線は下を、全く違う方向を見ていた。腕を組み、顔を少し下に傾けて。
舞は、誠十郎の言葉から、雅樹の昔の姿を造り出そうとしていた。だが、それは意外なほど難しいことだった。少なくとも、舞には簡単そうに思えた。だが、いつもの明るく少し影のある表情から組み替えるのは困難だった。
「だが、あの日」
舞は視線を誠十郎へと戻した。上目遣いに睨み付けるように。
「親父は目に見えて怯えていた。朝からずっと、その来訪を恐れていた。……気付いた時には、あいつが家の中にいた。ぎらついた日本刀を持って、な」
「戸辺誠十郎……さん?」
その名前と「ライター」という肩書き、電話番号のみというシンプルな名刺を見ている間に、その誠十郎はたばこに火を点けていた。俊雄はその行為に露骨に嫌悪感を表していたが、舞はそんなことは構わずに質問を始めた。
「……雅樹が人を殺したって、本当のことですか?」
「ああ」
灰皿に、灰が落ちる。
「俺の親父を、あいつは殺した」
その言葉を聞かなかった振りをして、ウェイターはコーヒーを置いていった。
俊雄は下を見たままだった。舞は、誠十郎の目を見据えていた。その瞳は、続きを話すようせかしていた。
「……ずっと昔の話だ。俺はまだガキだった。親父は刑事だった。ま、戦後のまだじめじめとしていた時だ。どんなもんかたかが知れてるがな」
懐疑心たっぷりの目を俊雄は向ける。舞は、さらに話を求めていた。
「俺はホントに小さなガキだった。だがな、決して忘れられないことがある。親父は、何度かあいつを家に招待してた」
「あいつって、雅樹のことですか?」
「ああ。真っ赤なシャツ一枚で、隆々とした筋肉を見せつけていた。俺にとっちゃ親父は何者よりも怖かった。だが……」
誠十郎の顔が、強張った。
「あいつよか、何十倍もましだ。やつの目は人の死を何とも思っちゃいない目だ。あいつが立ち去ったあと、親父はいつもほっとしていた。誰にも見せられない顔だった」
「朴さんは、なんであなたの父親に会いに来たんですか?」
誠十郎はその俊雄の言葉の棘に気づいていないようだった。
「利用していた……というより、協力してもらった、ってのが正解だろうな。親父はあいつから裏の情報を得ていたそうだ。あいつは家に来ても、飯は食ったが酒は飲まなかった。食うだけ食うととっとと帰っていった。何を見返りにしていたのか、今となっては何も判らんがな……」
気づくと、舞は誠十郎の方を見ていなかった。視線は下を、全く違う方向を見ていた。腕を組み、顔を少し下に傾けて。
舞は、誠十郎の言葉から、雅樹の昔の姿を造り出そうとしていた。だが、それは意外なほど難しいことだった。少なくとも、舞には簡単そうに思えた。だが、いつもの明るく少し影のある表情から組み替えるのは困難だった。
「だが、あの日」
舞は視線を誠十郎へと戻した。上目遣いに睨み付けるように。
「親父は目に見えて怯えていた。朝からずっと、その来訪を恐れていた。……気付いた時には、あいつが家の中にいた。ぎらついた日本刀を持って、な」