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風雅、舞い - 第六章 帰郷 (13)
 そして、朝。
 舞の背には、来たときとは大きく違う重装備が見える。服などもトレッキング系のものになっていた。
 準備は整っていた。だが、まだ、雅樹の言葉の意味が、解らなかった。
 早朝の濃い霧が、強い風にあおられ、流れていく。舞はその風をを受けながら、空を見上げる。舞の家へと続く石畳の回廊、その両脇に桜の木が連なっている。左右からあばらのように湾曲する木々の先に、今はない桜の花々を想像するのはたやすい。
 そう、桜吹雪には幻想的な想いがある。強く、艶やかで、儚い、夢のような何かが……そういえば、昔……。
 桜の咲き誇る春のある日。その日、私はここにいた。唯一の遊び相手だった兄はすでに小学校へと通っていた。私は何もすることがなく、ただここにいた。居続けていた。
 そうだ、こんな日だった……強い風とともに桜吹雪が舞った。その向こうに、ひとりの……怖い人がいた。とても怖い人だ。そう、思いだそうとすると、今でも震えが止まらない。
 かげろうの向こうに、体中血塗れの、服など残っていないほどに引き裂かれた、死人のような表情をした男が立っていた。手に日本刀を持ち、それは狂戦士とでも言える威風堂々とした、あまりにも威圧的な男だった。ただ見たものをそれだけで殺してしまいそうな、それだけの力を持った男だった。
 桜吹雪は濃霧へと変わり、風がそれを吹き払えば、戦鬼の姿は穏やかな表情を向ける男へと変わっていた。刀の束を背中に下げ、木に寄り添って、舞を待っていた。
「思い出したか?」
 舞はこくりとうなずいた。
「多分、小学校に入る前くらいだから忘れたのか……それとも怖かったのかも……」
「あのあと、覚えているか?」
「雅樹、そのまま倒れちゃって、その下が血の海になっちゃって……で、そこまで。起きたらお母さん、もう行っちゃったよって」
「そうか……俺はあのときの恩がある。だから結白さんを、おまえを、護ってやりたい」
「そうなんだ……でも、私はあのとき怖がってただけだよ?」
「昔はそういう男だったんだよ。きっと、今でも……」
「変われたのは、穂香さんのおかげ?」
「……ああ」
 恥ずかしそうに、うなずく。否定もせずに、照れ笑いした。
 舞は一度うなずいたあと、顔を上げて、雅樹の方へと近付いた。
「私、目的ができた」
「?」
「一度でいいから、穂香さんに会うんだ」
「……そりゃ無理だな、俺はそういうヤツにまだ一度もあったことがない」
「だったら、穂香さんに会えるようになるまで、穂香さんの顔が見えて、穂香さんと話ができて、とにかく穂香さんのことが分かるまで――」
「分かった分かった、今のうちからはしゃいでっと、ばてるぞ?」
 そんなふたりの会話が、霧の中へと消えていった。
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