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風雅、舞い - 第十六章 崩壊 (7)
 その光景は、つい先ほど投身自殺を試みた時に似ていた。
 自分の体が毬のように回転している、その感覚すら分からず、自分を中心にただ世界だけが回転している。頭上から現れた車のボンネットが迫り後頭部に直撃する。首が誤った方向に曲がり体はさらに跳ねて世界は回転を続ける。
 宙に上がり減速すると、タイミング良く遥の蹴りが打ち込まれ、加速が続く。人の体が水と油で構成されかつ球体でない以上、このように跳ね続けるのは不可思議だった。それだけ中心を正確に蹴り込んでいるということだろう。
 弄ばれている。
 これはもしかしたら、自殺の一環なのかもしれない、そうも考えた。この女は以前自分を殺そうとした。なら、このまま待っていれば殺してくれるかもしれない。地獄へと堕ちていき、地面へと叩き付けられ動かなくなった時、死への引導が渡されるのだろう。
 それは、望んでいたことだった。
 顔面がフロントガラスに突っ込み視界が消える。背骨は折れ体が背中側に捻曲がり、内臓がちぎれていくのを感じた。
 不快感。
 意識が覚醒状態に固定されているため、痛みは麻痺される。だがそれは表現できない苦痛に置き換えられただけで、それを絶え間なく味合わされ続けるということは想像を超える不快感だった。
 そうだ。
 これは自分の知らない痛み。死を知らない自分がほとんど経験したことのない、敗北という痛み。その痛みが、何かの上で体が跳ねる度に溜まっていく。
 痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ。
 四肢が折られ、内臓が潰され、五感が消えていく。それらひとつひとつは痛くない、そのはずなのに、傷を負う度、心に刃を突き立てられ掻き回される。
 痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ。
 心の痛み、不快感、憎悪、萎えていたはずの気持ち、忘れ去ろうとしていた渇望が、手を踏み抜かれ、肩を砕かれ、首を蹴り折られ、沸き上がっていった。
 痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ――ムカツク!!
『右!!』
 反応した右手が何かを受け止め、見上げれば視界は晴れ、目の前の遥に向けて左拳を打ち抜いていた。
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