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風雅、舞い - 序 (4)
 バウンドしたジムニーは、池の方へとドリフトしていく。少しずつ傾いた車体は、水色の街灯に直撃し側部をへこませた。
 フロントガラスが砕け、その奥でうめくのは、あまり感じのいい男達ではなかった。
「逃げろ!」
 あの男が叫び、4人はその方を向く。どこからともなくパトカーのサイレンが響きわたり、スピーカーを通した声が聞こえる。
『みなさん逃げてください! 銃を持っています!』
「銃……だって?」
 再び4人は車の方を向く。だが、中の男達は血塗れになって倒れており、それ相応の実感はわかなかった。ただ事故の現場にいて驚いている、そんな雰囲気だった。
 助手席が開き、男が転がり落ち、体勢を立て直して、銃を構えた。
 銃を、構えた。
 4人とも、そのとき、音が鳴ったとは感じなかった。まるで爆風を受けたような、音を超えた衝撃を体全体で受け止めていた。木製のテーブルは易々と砕け、アイスクリームを積んだバンは穴だらけになる。金属を切り裂く音が、悲鳴と重なった。
 伏せた舞の視界の中に3人の姿や赤ん坊を抱える母親が見える。あの青年の姿は入らなかった。頭上を駆けていく弾丸。マシンガンというものなのだろうか……。舞は、恐怖心を感じなかった。ただ、沸々と沸き立つ何かを感じていた。
 舞は、迷わなかった。
 伏せたまま、学校指定の鞄を開く。自分のお財布を取り出して、札を取り出す。札と書いて「ふだ」と読むそれは、少し黄ばんだ紙に青い文字や柄が描かれていた。その文字は、梵字か何かなのだろうか、読める代物ではなかった。
 だが、舞には読めた。
「水よ舞え、我が意を受けその身を疾らせよ!」
 銃声に負けないくらいの大きな音を立てて、池の水が吹き上がる。俊雄も信吾も恭子も、母親も赤ん坊も、銃を持った男もそれを見上げた。まるで水龍のようなそれは、家の屋根ほどまで上がって、止まった。
「はっ!!」
 かけ声と共に投げ付けられた札が、ジムニーのボンネットに張り付く。水龍はその首をもたげ、そして札めがけて降りていった。男は水龍に向けてイングラムをぶっ放すが、それは当然なんの意味もなかった。数十キロもの水の塊がジムニーの上へと落ち、爆発した。爆風のように水しぶきが飛び散り、その後に残ったジムニーは形をさらに変えていた。
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