KAB-studio > 風雅、舞い > 序 (6)
風雅、舞い - 序 (6)
「……なんにも、訊かれなかったね」
 ぽつりと、俊雄は言った。
「住所と電話番号は書いてきたから、きっと後で訊きに来るんだよ」
「……ごめんね」
「いいっていいって! 舞さんのおかげで、僕たち助かったようなものなんだし」
「それにね、あたし知ってたんだ、舞がそういうのできるって」
 3人が、恭子の方を振り向く。
「だって時々、噴水の水とか見て指を揺らせて、見てると水が変な風に飛んでいって、ああって」
「なーんだ、私ちゃんとだまし通せていると思ったんだけどな〜」
「俺知らなかった……」
 信吾がぽつりと言い、みんな吹き出す。夕暮れ時、紅色の光が長い影を作る。4人の表情は、明るかった。
 でも――。
「舞!」
「お兄ちゃん!」
 遠くから走ってくる青年――髪を短く苅って青いジャージを着た、まさに体育会系の青年――は、想像以上の速さで走ってきて、いきなり舞に抱きついた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん」
「良かった、良かったよ心配したんだよ!」
「私は大丈夫だから、恥ずかしいって」
「ん? ああ」
 驚いてる三人の脇で照れながら手を離す舞兄と恥ずかしがりながらちょこんとしている舞。
「ええと、あたしの兄の……」
「結白奨です。よろしく」
 ご丁寧に頭を下げる奨に、俊雄と信吾と恭子も頭を下げる
「もう、お兄ちゃん!」
 舞は思いっ切り背中を叩く。なんだよ〜という顔を見せる奨に、舞はぷいっとそっぽを向く。
「で……何があったんだ?」
「……式を使った」
 奨に顔を見せないまま、すまなそうにつぶやいた。
「そか」
 そう言ってから、ゆっくりと顔を回していく。パンした視界に入っていく三人。
「あ、僕たちは全然気にしませんから! だろ、信吾」
「う、うん」
「私も、ちゃんと黙っています」
 再び視線を舞に戻しても、舞はまだ背を向けたままだった。
「でも、きっとニュースになるよ」
「バカ信吾、そういうこと言うなって」
「んなこと言ったって」
「みんなごめんね」
 視線の集まる舞の背ときれいな黒髪は、小刻みに震えていた。
「ごめんね……」
「舞さん……」
 その俊雄の言葉は、陽と共に沈んでいった。
 検索