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風雅、舞い - 序 (7)
「引っ越し……しかないか」
 そう、舞の父親、正は言った。
「私……やだな」
 サイダーの螺旋が宙を舞い、指をくるりと回せば宙返りをして元のコップへと落ちていく。白く飛び跳ねる炭酸を、舞は切なそうに見ていた。
「それに、知られてないかもしれないし、知られてたらもうどこに行っても無理だと思う」
「母さんの所なら、安全だと思うけどね」
「あんな何もないとこ、戻りたくないな……」
「なんにせよ、母さんに連絡を取る必要があるな」
「ってことは二週間くらいは時間取れるよね」
 奨が舞に目配せしても、舞はそれほどうれしそうには見えなかった。
「あんまり、気にするな。仕方のないことだ」
 顔を上げた先にある父親の顔は、同じように悲しそうだった。
「普通の生活が送れるかどうかは本当に運でしかなかったんだ。舞は間違ったことをしていない。問題が起きてしまった、それだけなんだ……」
 正は、その運命を悲しんでいた。それは、二十年前にもうすでに避けられないことだと知っていたからだった。自分の妻、美咲と結ばれたその日から……。
 舞は、そう思ってはいなかった。自分が悪いと考えていた。自分が持ってしまった力……使いたくはない、でも、すでに自分の一部と化している。それは、認めざるを得なかった。
 それに、否定するのは、寂しい……。
「あたし、もう寝るね」
 宙に浮いた水が落ちて、滴が舞った。
 正も奨も、舞に声を掛けられなかった。
 寝たのだろうか。気づいたら、すでに朝だった。陽が差していること以外は昨日と同じダイニングに入ると、いつものようにランニングを終えた奨がフローリングに座り込んでいた。
 いつもと違うのは、その床一面にありとあらゆる新聞が置かれていることだった。毎日取っているものから技術系新聞やスポーツ新聞、はては英語や広東語で書かれた物まで数十種類の新聞が無造作に広げられ置かれていた。
「何よ、あたしのスクラップブックでも作る気?」
「それもいいかもな、出来りゃ」
 自分の方を向いた奨の表情を見て、舞は完全に目を覚ました。
「でき……れば?」
「事件の記事がないんだ、どの新聞にもな……」
 舞は、嵐の襲来を感じた。
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