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風雅、舞い - 第一章 予言と運命 (4)
「ごめん恭子!」
 保健室のベッドで手を合わせて謝まれば、恭子は何かその代償を欲しそうにした。
「はいはい、今度おごってあげるから」
「よーし」
 代わりに差し出したノートをバッグに入れる舞。へこんだ水筒が目に入った。
「でも、別にどうってことないのよ」
「でも、疲れてたんでしょ?」
 外はもう夕暮れだった。
「一時間で十分だと思ったのに、ずっと寝てるんだもの」
「あはははは……」
「あ、起きたんだ」
 保健室に入ってきた俊雄と信吾を見て、恭子は舞にささやいた。
(木村君ね、舞が保健室にいるって行ったら飛んでいったんだよ……あんた寝てたけどね)
 へぇ……とまどい。舞は、どう反応していいのか解らなかった。
「大丈夫?」
「平気平気。あたし丈夫だし」
「保険の先生もなんともないって言ってるし、大丈夫なんじゃないの?」
「寝過ぎて余計に体調が悪くなったりして」
「あはは……そういえば、今日お母さんが来るんだ、帰らなくちゃ」
 ベッドから出る舞を心配そうに見る三人。
「大丈夫?」
「なんともないって」
「結白のお母さんって、いつも家にいないの?」
「うん。いつもは実家の祠にいるの」
「ほこら?」
 舞は宙を見上げた。
「うーん、神社とか、社とかそういうものかな。碧き泉を祀ってるの」
 蛇口をひねって滴る水を自らのその細い指に絡め取る。
「水よ舞え、集い疾れ」
 その舞の声音は、それまでのものとは全く異なっていた。
「別人みたいだ……」
「かもね」
 舞は苦笑いする。その右手には、螺旋を描く水しぶきがあった。
「あたしの家族はみんな、これくらいはできる。きっと誰にでもできることだと思う――時間を掛ければね。でも、それは護符が必要って条件付き」
「それができる、のが、舞さん……」
「そゆこと」
 水の列は舞の体を走っていく。まるで動物のように。
「碧き泉――その洗礼を受けることができたから、あたしはとてつもない力を得ることができたの」
「洗礼……」
「それって、通過儀礼みたいなもの?」
「そんなに甘っちょろいものじゃないんだよね」
 指を弾けば水は飛び、洗面所の上で形を崩して落ちた。
「うちの家系に生まれたら、一度は必ず洗礼を受けてみる……ちょこっとだけね。それは通過儀礼かもしれないけど」
「誰にでもできることじゃない……」
「って言うより、滅多に洗礼なんてできないはずなの。洗礼にはとてつもない苦痛が伴うし。それに、適正のない者には、死……」
 死。その言葉の重さ。
「母さんも父さんも兄さんも、みんな試して、ダメだった。おじいちゃんは洗礼で死んじゃったっていうし、過去百何十年も洗礼を終えた人はいないんだって……それなのに、あたしはあっさりクリアしちゃった」
「舞……」
「運命、なのかもしれないな。嫌だけどね……」
 舞は保健室の窓を開ける。風が吹き込み、橙色のカーテンがはためく。少しずつ、陽は暮れていた。
「……帰りたく……」
 そのつぶやきは、風にかき消され、耳に届くことはなかった。
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