「ひでぇことをするもんだ」
雅樹は、そう人事のようにつぶやいた。今まで白一色だった清められた空間が、一瞬で血に染まった。よく見れば、壁にも天井にも、その血痕は強く残っていた。
その中で、全く汚れていない少年の白いスーツが不自然な存在感を見せつけていた、その不敵な笑みと共に。
「……仲間でも、用済みになればポイって捨てちゃうわけね」
その声音は震えていた。うつむく舞からしたたり落ちる涙が、床の水たまりに波紋を作り出している。雅樹は、それを黙って見ていた、何かを気に掛けるようにして。
「そんなの、そんなの――」
水が瞬時に吹き上がり――
「許さない!!」
――莫大な量の水が刃となり振り上がる。
「舞!!」
「!!」
雅樹の叫び声に、舞は、自分でも驚いたことに、その刃を止めていた。
「やめるんだ……」
「なんで……」
「それが賢明だよ、君達の力じゃ僕にはかなわない」
キッと睨み返す舞。
「負けるとは思わないけどな」
そう言ったのは雅樹だった。
「ふうん?」
「俺と穂香だけでもお前に勝てる、そう確信している。舞がいるならなおさらだ」
雅樹はちらと舞を見る。
「んだけどなー、おまえとやって無傷で済むとは思ってないし、傷ついて苦しむところなんか見たかないしな」
そうだ、ここは避けるしかない……。
「今日はこの辺でお開きにしないか?」
「いいよ、僕は急ぐのが嫌いなんだ」
少年はくるりと背を向けた。一瞬、舞の攻撃意欲が首をもたげたが、雅樹の視線を感じて、抑えた。
少年は、にやりと笑った。
「そうそう、二つだけ言っておくよ」
上半身だけ後ろを向いて、言う。
「ひとつ、僕には名前はない。必要ないんだ」
「俺達には必要なんだ。『へっぽこぴー』とか付けちゃうぞ?」
「どうぞ御勝手に」
と言う表情は怒っていると舞は感じた。
「もうひとつ。その獣と僕とは仲間どころか敵なんだ」
「本当か?」
「嘘でも信じるしかないでしょ? 君達にとっては、敵が増えただけだろうけどね」
「それは、あなたにとっても敵が二つってことでしょ?」
「でも、君達には情報がない。僕にはある。その違いは大きいんじゃないかな?」
ぐっと握りしめた舞の握り拳から血がにじみ出るんじゃないかと、雅樹は心配した。
「情報は少しずつ集めていけばいい。お前には今日はもう用はない。行け」
「……ふん、じゃあ、また今度ね」
そう言い、少年は部屋を出ていった。
「……そうか」
「?」
舞は少し落ち着きを取り戻して、雅樹が何を聞いているのか訊いた。
「穂香は神様だけど、ま、背後霊みたいなもんだから、どこでも行けるんだが……あの少年は風のように消えて、どこかに行っちまったんだと」
「見失ったってことね、情けない」
その時の雅樹の表情は、忘れられない、そう舞が思ったほどだった。それは、怒りを表に出さないようにと強く努力した表情だった。
「そ、そういえばみんなどうしたのかな」
舞は怖くなって話を逸らした。雅樹は背を向けて、言う。
「……みんな校庭にいるさ、舞の家族もな」
雅樹は、そう人事のようにつぶやいた。今まで白一色だった清められた空間が、一瞬で血に染まった。よく見れば、壁にも天井にも、その血痕は強く残っていた。
その中で、全く汚れていない少年の白いスーツが不自然な存在感を見せつけていた、その不敵な笑みと共に。
「……仲間でも、用済みになればポイって捨てちゃうわけね」
その声音は震えていた。うつむく舞からしたたり落ちる涙が、床の水たまりに波紋を作り出している。雅樹は、それを黙って見ていた、何かを気に掛けるようにして。
「そんなの、そんなの――」
水が瞬時に吹き上がり――
「許さない!!」
――莫大な量の水が刃となり振り上がる。
「舞!!」
「!!」
雅樹の叫び声に、舞は、自分でも驚いたことに、その刃を止めていた。
「やめるんだ……」
「なんで……」
「それが賢明だよ、君達の力じゃ僕にはかなわない」
キッと睨み返す舞。
「負けるとは思わないけどな」
そう言ったのは雅樹だった。
「ふうん?」
「俺と穂香だけでもお前に勝てる、そう確信している。舞がいるならなおさらだ」
雅樹はちらと舞を見る。
「んだけどなー、おまえとやって無傷で済むとは思ってないし、傷ついて苦しむところなんか見たかないしな」
そうだ、ここは避けるしかない……。
「今日はこの辺でお開きにしないか?」
「いいよ、僕は急ぐのが嫌いなんだ」
少年はくるりと背を向けた。一瞬、舞の攻撃意欲が首をもたげたが、雅樹の視線を感じて、抑えた。
少年は、にやりと笑った。
「そうそう、二つだけ言っておくよ」
上半身だけ後ろを向いて、言う。
「ひとつ、僕には名前はない。必要ないんだ」
「俺達には必要なんだ。『へっぽこぴー』とか付けちゃうぞ?」
「どうぞ御勝手に」
と言う表情は怒っていると舞は感じた。
「もうひとつ。その獣と僕とは仲間どころか敵なんだ」
「本当か?」
「嘘でも信じるしかないでしょ? 君達にとっては、敵が増えただけだろうけどね」
「それは、あなたにとっても敵が二つってことでしょ?」
「でも、君達には情報がない。僕にはある。その違いは大きいんじゃないかな?」
ぐっと握りしめた舞の握り拳から血がにじみ出るんじゃないかと、雅樹は心配した。
「情報は少しずつ集めていけばいい。お前には今日はもう用はない。行け」
「……ふん、じゃあ、また今度ね」
そう言い、少年は部屋を出ていった。
「……そうか」
「?」
舞は少し落ち着きを取り戻して、雅樹が何を聞いているのか訊いた。
「穂香は神様だけど、ま、背後霊みたいなもんだから、どこでも行けるんだが……あの少年は風のように消えて、どこかに行っちまったんだと」
「見失ったってことね、情けない」
その時の雅樹の表情は、忘れられない、そう舞が思ったほどだった。それは、怒りを表に出さないようにと強く努力した表情だった。
「そ、そういえばみんなどうしたのかな」
舞は怖くなって話を逸らした。雅樹は背を向けて、言う。
「……みんな校庭にいるさ、舞の家族もな」