KAB-studio > 風雅、舞い > 第二章 青年ふたり (1)
風雅、舞い - 第二章 青年ふたり (1)
「新学期早々、大変な目に遭いましたね」
 その、三十代前半に見えるスーツを着た青年は、そう切り出した。
「ええ、全くですよホント」
「なんでも、とんでもなく大きな狼が現れた――」
「あの――」
「――とかいうデマが流れたほどだそうで」
「――そうなんですよ、本当に困ったもんです」
 中年肥りを隠そうともしない校長は、しどろもどろにそう継ないだ。
「警察の方々もがんばっているんでしょうけど、早く真相を究明してもらいたいものですよ」
「噂は流れる、校舎は建て直さなければならない」
「生徒も浮き足立ってしまうでしょうから……本当は、ゴールデンウィークに入る前に何とかしたかったんですけど……」
「確かに」
 その青年は、見かけよりも静かな応え方をした。
 外では重機の音が止むことなく続いている。生徒がいない今だからこそ、大がかりな工事を行うことができる。
「噂――」
「はい?」
「――好きな人もいれば、嫌いな人もいる」
「あまり好きなのは歓迎できないのですが……今回のことは、とてもありがたく思っています」
 校長は、隣に立つ、ロボットのような顔をした男の方を見た。男は手に持つアタッシュケースをテーブルに置く。
 そのアタッシュケースが開くのを、青年はいやらしいほどの笑顔で制止した。
「我々はそれをいただきに来たわけではありません」
「はは」
「冗談でもパフォーマンスでもありません」
「は……」
 校長の笑みが消えた。金を求めない相手は、苦手だ。
「では、なんのために……」
 不安を隠そうともせず、校長はおどおどと青年を見た。幾分角張ったその顔は野性味を感じさせ、欲望たぎる働き盛りを感じさせるのに十分だった。整えられた髪、自信にあふれる顔、こういった青年が年輩の男性に好感を与えることは少ない。
 急に青年が立ち上がったことも、恐怖を与えただけだった。
「校舎を――」
「はい?」
「見せてもらいたいのですが」
「は、でも今は工事中ですので……」
 そして唐突に座る。深々とソファーに座り、足を組み、そして言った。
「では、工事が終わるまで、そう――」
 何度目かの沈黙に、校長は話を継がなかった。
「お昼休みになるまで、ここで待つことにしましょう」
 校長は一瞬黙った後、二度うなずいた。だが、「はい」という言葉だけは出てこなかった。
「あなたも、くつろいで下さい。今は暇なんです……今はね」
 青年は、窓から見える空を見上げた。夏を感じさせる晴れきった空だった。
 検索