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風雅、舞い - 第二章 青年ふたり (6)
「左さん、ちょっと退屈だなー」
 少年――先日舞と雅樹(と穂香)の前で氷づけの犬を瞬時に粉砕したあの少年――は、右隣に座る男にそう言った。
「こっちからは攻めないよ。あくまで、向こうが動いてからだ」
 そう、左と呼ばれた男は答える。反射率の高いメガネを掛け、髪は短く切って真ん中で分けている。常に笑んでいる口元と、その口元を見なくても笑っているように見える目元が、一見子供っぽいように見せる。
 服装はごく普通のサラリーマンのようなスーツで身を包んでいるが、その表情と服装のアンバランスさもあれば、それ以上に、膝の上にちょこんと乗っている銀色の子猫が異様さを醸し出していた。
「天地生物科学工業は、動く気配がないな」
「この前の件で恐れを成したんだよ、きっと」
「それは困る、データが取れないな」
 メルセデス・ベンツのゆったりとした車内の中で、これまたゆったりとした受け答えを左はしていた。
「せっかちはいけないな」
「左さんはのんびりしすぎです」
「ま、負けるかもしれない戦いを進んでするもんじゃないさ」
「負けません」
 子猫が、体をもぞもぞと動かしたあと、立ち上がって大きくのびをした。
「ほら、あんまり殺気を出すからおハルさんが目を覚ましちゃったじゃないか」
 「おハルさん」と呼ばれた銀色の猫は、左を見、少年を見てから、再び眠りに入った。おハルさんの短くなく長くもないちょうどいい長さの毛は、銀色をしていた。まるでシルクのようなその外観は高い気品を感じさせるものだった。
 それよりかは左は肌触りの方がいいと感じているから、すやすやと眠るおハルさんを優しく撫でた。
 そんな姿を見て、少年は「いい感じの人だなぁ」とは決して思わない。それよりも「なんでこんな人と」という気の方が強い。避けられないこととはいえ……。
 本当に、避けられない、のか……?
 おハルさんが顔を上げた。
「おいおい、また殺気を出したのか? おハルさんはそういうのに敏感なんだから、せめて俺達のいない所でしてくれよ」
「……いない所ならいいんですか?」
「いいよー、ぜひガンガンしてくれ」
 こういうわけのわからない性格が、少年をさらにいらつかせた。
 確かにいらつくのはダメだな……ダメだな……。
 少年は目を閉じて、精神統一をした。この人と一緒にいなきゃいけないのは仕方のないことなんだと自分に言い聞かせた。今の自分があるのは誰のおかげかを。
「……左さん」
「ん?」
「僕は、あなたの道具ですか?」
「おいおい」
「道具なんですか?」
 左は少し考えて、答えた。
「そうかもしれないな」
 少年の目が、開く。
「けれど、得てして優秀でない使い手は優秀な道具に振り回されるもんだ」
 左は口だけを笑んで見せて、言った。
「だろ?」
 少年は、精神統一など忘れて憮然とした表情をするだけだった。
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