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風雅、舞い - 第二章 青年ふたり (7)
 青年は裏門を出て少し経ってから、後ろを振り向いた。そこには、決して生徒には見せないであろう、校長が無数にお辞儀をする姿があった。
 面白いように、そのはげた頭が明滅した。
 相も変わらず慇懃な笑みを浮かべたまま、青年は深々とお辞儀をし、そして、また歩いていった。
 その笑みを崩すくことなく。
 一分も経たない内に、歩道の脇を車が併走し、止まった。校庭の工事の音を背に受けながら、青年は黒い外車へと乗り込んだ。
 その途中、身をかがめて後部座席に入る時、初老というには少し早い男と目が合った瞬間さえも笑みを崩さなかったことに、バックミラーでそれを見ていた運転手は驚きを隠せなかった。
「どうだった」
 そう男がぶっきらぼうに訊いたとき、車は走り出した。
「予想通り、何もありませんでした。LW−67はデータ通りの結果を出していました」
「データ通り? あんな役に立たないものというデータではなかったはずだが」
「確かに」
 そう言われても、笑みは崩れない。
「……それで?」
「情報操作はあまり期待通りの結果は出ていないようですね。マスコミを抑えても、口コミは抑えることはできませんから」
「LWシリーズをぶつけるのは控えた方がいいかもしれんな」
 男はそう言って、ライターに火を点した。
「ですが、泉の力を引き継ぐ者は、消さなければなりません」
 青年は、笑みを崩すことはない。が、あの独特な間を取った話し方は控えていた。
「実行部隊を回すだけの権限は私にはないよ」
「スナイパー、一人くらいは回せるでしょう?」
 まるで深呼吸をするかのように、男はゆっくりと煙を吐いた。白いもやが、車内を埋め尽くした。
「あまり甘く見ない方がいい。それに、我々の相手は彼らだけじゃない」
「目障りな会社……」
 その言葉がとぎれた一瞬をドライバーは見逃さなかった。青年の笑みに隠されたその表情の奥底に、強い嫌悪感を感じさせるものが確かにあった。
「……ファインダウト社ですか」
 その嫌悪感を男も感じたが、それを笑うことはなかった。
「左洋一、か。あの男がよっぽど嫌いだと見える」
「そう、見えますか?」
「見えるよ」
「なら、よっぽどのものなのでしょうね……」
 そう言葉を切り、ゆっくりと息を吐き、深々と座り、そして、初めて、眉間にしわを寄せた。
「私の彼に対する怒りも」
「別に人の過去を詮索する趣味はない。だ、が……」
 灰皿へとタバコを押しつけてから、男はぎらりと青年を睨み付けた。
「くれぐれも、支障をきたさないよう、願いたいものだ」
「その点は大丈夫でしょう、なぜなら……」
 そう言った瞬間、再び青年に不敵な笑みが戻った。
「私は、彼を相手にしたときにこそ、本当の力が出せるというものですから」
 だが、眉間に寄ったしわは消えることがなかった。
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