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風雅、舞い - 第二章 青年ふたり (8)
 舞を始めとする面々が、ぞろぞろと雅樹の部屋から出ていく。そして最後に雅樹が出て、鍵を掛ける。
 ふと見ると、俊雄は不思議なものを見るような顔をしていた。
「どうしたの?」
「え、あ、うん……静かだなと思って」
 そう、静かだった。
 それぞれの部屋には、まるで生活感が感じられない。ドアは硬く閉ざされカーテンは閉め切られている。元々、家族で住むような部屋はあまりないとはいえ、その静けさは俊雄には奇妙に感じられた。
 「口」の形をしたマンションの中央にある吹き抜けを通して、無数のドアを見ることができる。このドアの列を見ることができるのは、ここの住人かその知り合いだけだ。それは、ひとつのグループとも思える。
 なのに、ここにあるのは冷たい静けさだけだった。
「そう……ね」
 吹き抜けを、人工庭園のある一階から頭上に見える空の出口へと風が駆け抜けていく。その冷たい風は、舞に「碧き泉」、かつて居た場所を思い出させた。
「まーい!」
 恭子がエレベーターから呼ぶ。舞は、なんか気が乗らない自分を感じていた。
 力無く歩いていく舞の背中を、俊雄は見る。そして、その後へと付いていく。
 異質なものは、生理的に拒否される。「恐怖」という名のハードルが、視界を遮る。たった一方向だけの視界を。たった一人に向けた視界を。
 狭いエレベーターに五人入れば、やはりそれだけで窮屈になる。登ってきたときに中庭を覗くことができた窓の側に、雅樹が立つ。
 俊雄は、サッカーをしているから、体は大きい。けれども、雅樹の比ではない。身長も、肩幅も、何もかも違う、もう生まれた時から違うんじゃないか、そう思わせる体つきをしていた。
 しかし、そのラフな服装が、単純な印象を与えさせない。いちばん近いイメージで言えば、一昔前のアメリカにいそうな若者のような感じに見える。が、それはあくまで外見であって、見た瞬間に受ける印象はまた違う。いつもひょうひょうとし、笑顔が多いのに、たびたび見せる静かな表情が非常に大人びて見える。
 想像できない年輪の深さを、感じさせる瞬間があった。
 今もそう、恭子、信吾、俊雄が狭い空間の中で話をする。そのぽっかりと空いた空間を挟んで、舞は雅樹を見る。雅樹は優しい顔をして、横を向いている。色の濃い、ひげをうっすらと生やした、無造作で軟らかそうな男っぽい唇が、かすかに動く。
 その雅樹の視線の先に、おそらく穂香がいるのだろう。見えているのだろう。
 まるで街でたまたま見かけた自分の恋人が道路を挟んで知らない女性と話をしている姿を見るようにして、舞はその視線を送っていた。
 と、そんなことを思ってばかばかしいと思う。
 でも……。
 雅樹の影に隠れるようにある縦長の窓、そこから入り込む光が雅樹の唇を照らしては陰らせて、その陰影をただただ見続けていたいと思う自分が不思議だった。
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