KAB-studio > 風雅、舞い > 第二章 青年ふたり (16)
風雅、舞い - 第二章 青年ふたり (16)
 舞は依然として下を見降ろしていた。洋一の不敵な眼差しを感じて、動くことのできない自分があった。
 少年とリシュネのふたりは、何とかなりそうな気がしていた。子供なのだから、何とかなるはず……でも、あの男の人は……。
 しかし、持久戦に持ち込めるほど舞には余裕がなかった。勢いよく出した水の塊は宙に浮いたままだった。それだけでも舞の精神力を少しずつ削っていた。
 とりあえず――仕掛ける!
 舞は体を構え、眼下に見える三人目掛けて集中した。指先に水が流れ込んでいく。
「舞! 左ぃ!!」
 一瞬、自分の名前と、それと並んで下に立つ男の名前が呼ばれたのだと思った。雅樹は舞に飛び掛かり、押し倒した。
 ぱん、乾いた銃声が響き渡った。
 舞はそれが銃声だと一瞬で悟った。が、雅樹に強く抱きしめられて自由は利かなかった。雅樹は宙に飛ぶような形で斜面を駆け下り、一瞬だけ地面を蹴ってさらに跳び上がった。
 当然、下にいた三人は抱き合う男女が華麗に宙を舞う姿など見ていなかった。少年とリシュネは強い警戒心を露わにして発砲したその男を睨み付けていた。
 洋一のみが、やれやれといった感じで苦笑いを浮かべていた。見上げるその先にいる男は、これ以上ないというような喜びを感じさせる笑みを浮かべて黒々としたハンドガンを三人へと向けていた。
「あいつかよ、また……」
 反射的に少年はリシュネを護り、リシュネは洋一を護ろうとした。男は断続的にトリガーを引き、シグは薬莢を吐き出していく。弾丸は僅かにその弾道を歪められ外れていく。アスファルトにめり込み、民家の塀を砕き、泥の斜面を崩す。一発が手すりに当たり、跳弾が洋一の左肩を貫き空へと消えた。
「!!」
 少年が一番冷静だった。雅樹は舞を護ることで精一杯だった。舞は洋一の右肩から溢れ出る鮮血に口を覆った。リシュネは反射的に飛び出していた。
「リシュネ!」
 少年の言葉も聞かずにリシュネは斜面を蹴った。一瞬で丘の四分の一が吹き飛び土煙が立ちこめた。赤土の雨が舞う中男は落ちながら冷静にマガジンを交換していた。笑みを消すことなく、不鮮明なリシュネの姿を捉え、機械的な填弾音を楽しんでいた。
「この化け物がッ」
 銃口をリシュネに向け、トリガーを引こうとした瞬間、遠くから来るトラックを確認していた。
「ちっ」
 少年は洋一を抱えて大きく跳び退き、リシュネは高々とジャンプしてトラックはその下を通過する。トラックは止まることなく走り去っていった。リシュネは宙に浮きながら、側に漂う石端を掴み、振りかぶった。
「引くぞ!!」
 そう叫んだのは洋一だった。少年が押さえつけても止めどもなく吹き出る出血が信じられないほどの大声だった。
「はい」
 洋一の声を聞いて、リシュネは自由落下に任せて下へと降りていく。
「!!」
 舞は三人が去ろうとしていることに気づいたが、それでも、何をしようとは思いつかなかった。
 ただ、呆然としながら、土の雨が降る中を見つめていた。三人は、いつの間にか消え、あとには消えることのない土煙と大きな傷跡を残した公園が残っていた。
「終わった……わね」
「……!!」
 雅樹は、まだ終わっていないことを思い出してしまった。
 検索