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風雅、舞い - 第三章 きもち (1)
 空が、少しずつ白んでいく。星の瞬く夜空がグラデーションを奏でる。遠くに見える山々が神々しく煌めき、下界の町並みが光を取り戻す。
 その町並みを見下ろす舞の瞳は、冷たい。凍てつく氷河のように。自分が通う学校の屋上、その屋上に出る入り口の上に舞は立つ。白装束をまとい、吹きすさぶ風の中、すぐ下に広がる人工の湖を今度は見下ろす。そのプールの冷たさを運んでいるからか、初夏に近づこうとしている風はいまだ冷たい。
 その紺色の空間の中で、舞は白い帯を解く。滑らかな肩を一枚の白い布が滑り落ちる。その中にある競泳用の水着を着た舞の体は、若々しく力強い。瞳を閉じ、唇を噛み締め、赤いリボンで長い髪を頭の後ろでまとめ上げる。すべての準備が整い、ゆっくりと、息をはいた。
 見開かれた瞳には、もう氷塊などなかった。
「水よ、我が意の元に舞え!」
 紺色の水面が渦を巻き、それは竜巻か何かに吸い上げられているかのように空へと登っていく。程良い長さでその渦は途切れ、水塊は舞の目の前、10メートルほど離れた空間にその表面を弛ませながら浮き続けた。
 その状態を維持するため、舞は左手を伸ばし、手のひらを向ける。そこに右手のひらを添え、握りしめる。動作に呼応して水塊が歪む。
「我が二つの意に従い、宙を疾れ!」
 両腕を大きく引き剥がし、水しぶきを撒き散らして水塊も二つに分かれる。舞はゆっくりと息をはく。水ではなく、汗がすでに体を濡らしていた。両腕はやや震え、二つの水塊もやや歪みが大きくなっていた。

「はっ!」
 指揮者のように両腕を振れば、二つの水塊は意のままに宙を疾る。それらは時に交錯し、時にぶつかり合い、少しずつその形を小さくしていった。
「はっ、はっ」
 そのかけ声もすでに気合いが入っていない。玉のような汗が肌を滑り、水着へと吸い込まれていく。
 太陽が山から完全に姿を現し、陽の光が舞の瞳を射る。一瞬閉ざされる目。張りつめた糸がぷつんと切れ、二つの水塊は形を崩しつつ落下し、プールの水を高々と跳ね上げた。
「きゃっ!」
 とても触れることのできない汚さの水しぶきを避けようとして、舞は後ろに下がった。唐突に笑い声が上がる。
「あははははは……」
「お、お兄ちゃん!」
 ジャージ姿の奨は、フェンスに寄りかかりながら舞を見上げていた。
「いつからそこにいたの?」
「ついさっき。あんまり俺をなめないで欲しいな、能力くらい感じられるって」
 と、札束のように札のうちわを見せた。
「これがあれば、俺だって結構いけるんだけどな」
「あたしだって要るわよ」
 舞は床に置いてあった札を三枚ほど取り、少し折り目を付けて、投げる。ついで人差し指と中指を下から上へと振り上げる。
「閃!!」
 一瞬、札が三角形を作り、その中を間欠泉のように水の矢が走り抜ける。水分を含んだ朝の空へとそれは消えていった。
「うひゃぁ……」
 奨は感嘆した。
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