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風雅、舞い - 第三章 きもち (2)
 舞は、精悍な顔つきをしていた。再び札を取り、構える。
「運命とも立ち向かえる、って顔だな」
 そう奨が言うと、舞は反応して、顔を曇らせた。
「舞……」
 舞の顔は曇りっぱなしで、そのまましゃがみ込み、着物を拾って羽織った。帯を締め、奨のいるところまで降りる。ひょいと二メートル以上ある所から軽々と飛び降りる様は、兄の目から見て悪くはないと感じた。
「だって、しょうがないじゃない」
 他の物と柄の違う青いビート板を取って、フェンスに向かって立つ。その向こうには、光の射し込む山々が立ち並んでいる。
「私ががんばらないと、みんなを護れない。私なら、みんなを護れるから……」
 舞は顔だけ奨の方へと向けた。
「仕方ないから、ね」
 闇に閉ざされたその姿の中で、鼻先と前髪と瞳だけが、きらびやかにきらめいていた。
「嫌なら……舞が背負わなくったっていいんだ……」
 その言葉は、誰に向けられているのか判らない。奨は舞を巻き込んでいく運命を呪っていた。そして、それを肩代わりできない自分の不甲斐なさにも。
 舞が出遭った数度の危機。奨はその場に居合わせていないが、舞のように振る舞えるとは思っていない。たとえ、体力や知力の面で舞を上回っていると確信していても。
 それほどまでに、「泉の洗礼を受けた者」という事実は、重い。
「私は、大丈夫」
 舞は奨の方へと完全に向き直り、そう言った。
「木村君や恭子を護らなくちゃいけないし、あたしのせいで巻き込んだんだから。みんな解ってくれてると思うし、それに……」
 奨は、舞の笑みが、ほんの一瞬、とても暖かい――もしかしたら熱い――笑顔に変わり、それが苦笑に変わったと、錯覚かと思いながらも、感じた。
「じゃ、先に帰ってるから」
 数枚の護符をフェンス外へと放り投げ、指揮者のように両腕を振るう。下から水が噴き上がり、ビート板を挟む形で水の頂上へと立った。下からこんこんと噴き上がる水の柱がビート板を押し上げ、即席のエレベーターを造り出していた。
「タンク、置いて行けよ」
 うんとうなずいて、舞は降りていった。
「……本人は、周りほど悩んじゃいないか」
 早朝に吹く風は、思いの外冷たかった。
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