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風雅、舞い - 第三章 きもち (5)
 いつものママチャリに乗りながら、舞は「日曜は子供が多いなぁ」と思っていた。
 つい先日までは、休日の早朝に修練をすれば、その日は丸1日潰れていた。が、最近はそれほど疲れなくなってきていた。
 慣れてきている。昔に戻りつつある……その気分、あまりいいものじゃないと思いつつも、あの程度で疲れるようでは……とも思う。気づけば、イメージトレーニングしている自分がいた。
「なんだかなー」
 何かイライラする。これからしようとしていることを思うと、少し胃が痛い。そんな気がする間に、自転車は目的の場所に来ていた。
 見上げれば自転車ごと倒れてしまいそうな、高層マンション。
「謝らなきゃなー」
 頭を真っ白にしながら、そうつぶやいた。確かに、木村君や恭子ほっぽいたのはむかついたけど……でも、殺されてたんだよね、あのままだったら。
 そう思えば、雅樹には何度も助けられていると、記憶が次々と訴える。雅樹がいるはずの部屋を見上げながら、入るか入るまいか考えながら、ただただ時が経つのを待っていた。
「どうしたんだ?」
「え?」
 視線をゆっくりと下に降ろす。煉瓦に囲まれた木々とデザインライトに挟まれて、雅樹が立っていた。
「どうした……の?」
 雅樹は目を丸くした。
「それは俺のせりふだって。穂香が、おまえが来てるっていうから」
 舞は、沈黙を保っていた。何を言えばいいのだろうか。何を言うべきなのだろうか。何か言う必要があるのだろうか。
「ん……なんでもない」
 舞はサドルに座った。自分の真横、三メートル先に立つ雅樹を、舞は見つめていた。
「なぜ……」
 舞の瞳に、精気は宿っていない。口から、漏れるように言葉が出た。
「なぜ、あなたはいつもそうなの?」
「?」
 雅樹は、意味が解らなかった。舞は、そう言ってから、なぜ、そう言ったのか、その意味がなんなのか、ゆっくりと考え出して、そして、急に恥ずかしくなった。
「あ、ううん、なんでもない」
「そか?」
 その声音は、舞の心をふわりと持ち上げた。心配そうな表情は、作られたものではないと感じた。
「うん。この前ありがとね」
 舞はそう言って、自転車を走らせた。その後ろ姿はあっというまに消えた。
「ありがとう……か。なぁ穂香、あの言葉の意味、どういう意味なんだ? なんだよ、いやに素っ気ないな。え? なんだよそれ……」
 いつもの穂香との会話を続けながら、雅樹は自分の部屋へと戻っていった。
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