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風雅、舞い - 第三章 きもち (13)
 その巨大な部屋は、複数の照明が存在するにも関わらず、見上げるほど高い天井の四つほどの蛍光灯しか点いていない。その巨大な部屋は、中央に塊まって置かれている五つのカプセルが占有していた。カプセルの中身は不透明ガラスが隠している。
 そのカプセルを見上げる、少年。カプセルの下にある機械のキーボードに、少年はコードを打ち込む。
 ちょうど視野に入るふたつのカプセルが、透明度を増していく。少年の瞳は、その中で眠るふたりの姿を見て、輝きを増していった。
 左のカプセルには、女性の姿が。右のカプセルには、男性の姿が。
 その寝顔は、安らぎに満ちていて、それを見るのが日課の少年は、この日も笑顔を見せるが、その表情に喜んでくれないことを改めて思い、少し、悲しくもなった。
 リシュネが来たことに気づいて、少年はカプセルをまた外から見えないようにした。そして、リシュネが来たときにはいつもの表情を作る。
 それは、リシュネの過去を知るからであり、それが、マナーだった。
「どうしたの? 少し時間が掛かったみたいだけど」
「コントロールがまだ不完全みたい。あとから内出血して……」
 ボディスーツに開いた部分から見えるリシュネの白い肌は、所々蒼くなっていた。
「自分の体すらコントロールできない――AP、なのに」
「セカンドバージョン以前はそうなっているんだ。コントロールが完璧にできないのは、一種のプロテクトだから」
 少年は手袋を取り、手の甲をリシュネへと向けた。眉間にしわが寄ると、手の甲に傷口が生まれ、血が噴き出した。リシュネは呆気にとられて見ていた。
「僕以降のバージョンには、そういうプロテクトが掛かっていない。望めば、心臓を止めて死に至ることさえできる、本来APとはそういうものなんだ」
 その傷は、自然に消えた。
「それは本当に、「革新」なのかな……」
「でも僕達は、この「進歩」した体を持っているからこそ、こうして今も生き続けている」
「そうね……」
 リシュネはふたつのカプセルを見上げた。少年は、うれしくも悲しくもなった。
「私達は生きている。この体が、私達を救ってくれた」
「そう……でも、僕達は、生かされてもいる」
「不満?」
「自由がないのはね」
 少年とリシュネは歩き出し、中身は見えるが中身の入っていないカプセルの前へと来る。
「僕達はこのベッドがなければ生きていけない。それさえ我慢すれば、無敵の体を維持することができる。それを不満と言ったら、わがまま以外の何者でもないね」
「でも、不満そう。……洋一?」
 少年は、黙ったままだった。
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