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風雅、舞い - 第三章 きもち (17)
 舞は走った。夜中の道を、走り抜けていった。泉の力を使ってでも、というほどの勢いで舞は走っていった。雅樹に会いたい! 雅樹にもう一度会って――。
 目の前に巨大なマンションを据えて、両肩を上下させて息を落ち着かせようとする。そして、見上げる。
 雅樹が住んでいる部屋を、舞は一瞬で見つけだす。その部屋には照明が点いてなかった。
 もう寝ちゃったのかな……そう思いながらも、どうしても会いたい、会って話したい、その気持ちを抑え付けることができなかった。この場所に来てから少しばかり時間が経っていたが、舞の鼓動は落ち着くことがなかった。
 心臓をドキドキ言わせながら、舞はベランダを見続ける。まるで、そうやって見続けていれば、いつかは部屋に灯が点り、雅樹が出てきて「よぉ」とでも言うかのような雰囲気を感じていた。いや、それはほぼ確信と言って違いない。うん、雅樹は私に気付いてくれる。必ず、気付いてくれるはず……。
 初夏と言うにはまだ早いこの時期の風は、舞の体温を少しずつ下げていく。めぐるましく回っていた舞の頭は少しずつ穏やかになっていき、冷静さを取り戻しつつあった。
 それでも舞は、雅樹が気付いてくれることを信じて疑わなかった。必ず、雅樹は気付いてくれる。私の力を感じ取ってくれる。雅樹が気付かなくても、穂香さんなら……………………。
 そう、雅樹には穂香さんがいる……ううん、穂香さんは、いない。存在、しない。いるはずが、ない。いては、いけない。
 でも、存在しないとしても、雅樹は、いると信じている。その言動をよく見れば、雅樹にとって穂香は確実に存在しているように見えた。
 私は、雅樹と穂香さんの間に入るべきなのか。雅樹を幻想から奪うことができるのだろうか。
 舞は、孤独を感じた。見上げるベランダに、雅樹が出てくることを、もう、願ってはいなかった。
「あたし、何やってるんだろう……」
 俊雄をふったことの重さも感じながら、舞はとぼとぼと歩いていった。
 入り口のガラス越しに、雅樹は舞を見ていた。舞は最後までそれに気付くことなく、その場を後にした。
「……え? なんだよ、呼び止めたりしねぇよ」
 雅樹は部屋へと向かいながら、すぐ側の空間と会話した。
「ヤキモチか? え……なんだよ、おまえがそんなこと言うなよ。俺は、穂香だけだよ……」
 立ち止まり、振り向く。暗く冷たい通路の向こう、ガラス越しの道路に街灯があたっていた。だが、そのスポットライトの中には誰も立っていなかった。
「おまえの言いたいことは解ってるけどよ……いいんだ」
 悲しそうな笑顔を見せて、雅樹はきびすを返した。
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