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風雅、舞い - 第四章 ふたりの勇者 (6)
「こんなにハードスケジュールなら、退院もっと伸ばしてもらえば良かったなーっ!!」
 少年の体が弾丸のように吹っ飛んでいく。幾分失速して体制を立て直し、地面へと着地すれば、水分を大量に含んだ赤土が高々と舞い上がる。その音を百メートル離れた場所で聞いたリシュネは声を伝えた。
「何やってるのよ、標的になるじゃない!!」
 宙を舞うディルトは眼下に広がるジャングルから間欠泉のように噴き上がる赤土を見つけ、両腕を頭上へと大きく振りかぶる。
「その槌を振り降ろせ!!」
 両手を振り降ろすと舞い上がった赤土が瞬時に吹き飛び、その下の木々が放射状に薙ぎ倒される。攻撃の効果を確認するため、ディルトは空を蹴る。真横へと跳ね上がるディルトの体は砲弾よろしく飛来する。
 眼下に空間のゆがみを感じると同時に体を反らせる。遙か高くの雲が消し飛ぶ。右手を伸ばせば先ほど噴き上がった赤土に含まれていた石片が集まる。その周りにかげろうが生まれ、石片は割れ、赤く溶解した。
「シュート!!」
 ディルトの元から放たれると同時に、その目標に生えている巨木がもぎ取られ、ディルトへと放たれた。溶解弾は木々の葉を燃やしただけだった。ディルトは巨木の間を抜け、笑みを浮かべながらジャングルへと突っ込んでく。遮蔽物のない地面はリシュネを丸見えにしていた。
「なんで躱せるの!?」
 リシュネは木々の中へと跳び退き、同時に直前に立っていた地面が同じく間欠泉のように噴き上がる。
「人のこと言えないんじゃない?」
「うるさい!!」
 そんなふたりの通信を、一組の男女が狭い部屋の中で聞いていた。
「いない間にかなり鍛え上げたようだね、智子先生」
「あら、まるで私が彼らをいじめたような言い方ですね、左さん」
 ジャングルの端に止められたトラックの中で、ふたりは画面上の情報を注意深く見守っていた。三人に取り付けられた小型カメラからの映像、脳波や脈拍などの身体情報、現在位置を表す3D画像などが巡るましく変化していく。
「戦闘能力の上昇度、君はどう見る?」
「データ上は彼がダントツですね。次にリシュネ、ディルトはそれほどではありません」
「元々の技術があるのかな?」
「元々ディルトは人間だったときにも相当の反応速度を持っていましたから。それに加えて豊富な戦術を持っています」
「リシュネはやはり、それほどの発展性は望めない……か」
「彼女、あまりにも成長率にばらつきがあります。いくつかのパラメータは成長度が彼に近いのに」
「その彼はどうかな?」
「……とんでもないですね」
 智子はモニター上の少年を見る。
「まさにAdvanced Person、人間の進化形ですね」
「進化なんかじゃない、ただ元に戻ろうとしているだけだよ」
「ですが、ミナクートそのものになられても困ります。私達の手に余る存在に成りかねません」
「それはどうかな?」
 洋一は壁に寄り掛かって、モニターを眺めた。おはるさんが洋一の体を駆け昇り、肩に乗って頬を寄せる。洋一はモニターを見たままで、眼鏡の上に無数の情報が乱反射する。振り返る智子の前で、洋一は優しく笑んだ。
「すでに、彼らは抑えることのできない存在になっているんだよ」
 智子の背後で、強烈な光が瞬いた。
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