「危険だよ、そんなの!!」
子供を連れ帰る母親の目も気にせず、俊雄はそう叫んだ。夕暮れの公園、ふたりが別れた公園で、舞はきっぱりと言い放つ。
「行く。行くって決めたから」
「ダメだよ、行っちゃダメだ!! どんな危険が待ってるか判らないのに!!」
舞は笑んだ。哀れんでいるような悲しい瞳で。俊雄の周りを歩き、水飲み場の前へと来る。蛇口を捻り、細く水が吹き出る。手を近づければ、その水流は落ちることがなかった。
「木村君、いたら足手まといになるから」
「っ……」
夕焼けの中では、俊雄の表情が紅潮したことに気付けない。もっとも、舞はその表情を見ることはなく、ただ、次第に大きくなりつつある水の塊を笑いながら眺めている。
「僕は、確かに君を護れないかもしれない……朴さんよりは、弱いかもしれない」
「明らかにね」
舞は顔を上げた。逆光に照らされてその表情は見えない。だが、遠くに点いた街灯が瞳と歯に反射した。
「行っちゃダメ、なんて言うことが弱い証拠。強いヤツから私を護れないと感じたから、私を止めようとした」
ふふ、と笑った。
「私にも勝てない弱虫さんなのに」
「ッ!!」
俊雄の右手が振り降ろされる。豹変した舞の表情に気圧されたと感じた瞬間水塊は頬真横に来ていた右手へと当たりその手を上へと吹き飛ばした。
「つッ……」
俊雄は屈み込み、右手を押さえた。ただ水が当たっただけのはずなのに、その肌は赤く擦りむけていた。
光が遮られ、見上げればすぐ間近に舞の顔があった。心臓が爆発したことなど気付かず、舞は水手袋をまとった両手で俊雄の右手を優しく包み込んだ。その急激な冷たさに驚いて今度は手元を見れば、俊雄の右手を水が包み込んでいた。
「水よ、その高鳴る鼓動を抑え、命の母となってその懐に優しく抱け……」>
舞がそう呟くのを頭上で聞く。目の前で、右手の傷はみるみると回復していった。
「ごめんね」
「えっ?」
「きついこと言って」
「……うん」
「でも、木村君にも、覚悟して欲しかったから」
「覚悟……」
舞は立ち上がる。人差し指をゆっくりと振っていき、水は一列に並んでそのあとを付いていく。ゆったりとした軌跡を描いて水の円弧は水飲み場の排水溝へと落ちていった。
舞はその軌跡を見つめていた。そして俊雄はそんな舞の瞳を見つめていた。
俊雄は、舞が今ここで覚悟を決めたのだと感じた。
「じゃぁ、私行くから」
一瞬背を向けてから、再び俊雄の方へと向き直った。俊雄は立ち上がり、舞の優しく真摯な笑みを正面で受け止めようとした。日は完全に沈み、街灯の明かりは舞の表情を明るく照らし出した。
「私、木村君には嘘をつきたくなかった……ちゃんと言っておかなくちゃいけないと思った。そうしないと、私の気が済まなかったから」
「……うん」
俊雄は、何か奇妙なすがすがしさを伴ったうれしさを感じながら、舞の背中を見送った。
子供を連れ帰る母親の目も気にせず、俊雄はそう叫んだ。夕暮れの公園、ふたりが別れた公園で、舞はきっぱりと言い放つ。
「行く。行くって決めたから」
「ダメだよ、行っちゃダメだ!! どんな危険が待ってるか判らないのに!!」
舞は笑んだ。哀れんでいるような悲しい瞳で。俊雄の周りを歩き、水飲み場の前へと来る。蛇口を捻り、細く水が吹き出る。手を近づければ、その水流は落ちることがなかった。
「木村君、いたら足手まといになるから」
「っ……」
夕焼けの中では、俊雄の表情が紅潮したことに気付けない。もっとも、舞はその表情を見ることはなく、ただ、次第に大きくなりつつある水の塊を笑いながら眺めている。
「僕は、確かに君を護れないかもしれない……朴さんよりは、弱いかもしれない」
「明らかにね」
舞は顔を上げた。逆光に照らされてその表情は見えない。だが、遠くに点いた街灯が瞳と歯に反射した。
「行っちゃダメ、なんて言うことが弱い証拠。強いヤツから私を護れないと感じたから、私を止めようとした」
ふふ、と笑った。
「私にも勝てない弱虫さんなのに」
「ッ!!」
俊雄の右手が振り降ろされる。豹変した舞の表情に気圧されたと感じた瞬間水塊は頬真横に来ていた右手へと当たりその手を上へと吹き飛ばした。
「つッ……」
俊雄は屈み込み、右手を押さえた。ただ水が当たっただけのはずなのに、その肌は赤く擦りむけていた。
光が遮られ、見上げればすぐ間近に舞の顔があった。心臓が爆発したことなど気付かず、舞は水手袋をまとった両手で俊雄の右手を優しく包み込んだ。その急激な冷たさに驚いて今度は手元を見れば、俊雄の右手を水が包み込んでいた。
「水よ、その高鳴る鼓動を抑え、命の母となってその懐に優しく抱け……」>
舞がそう呟くのを頭上で聞く。目の前で、右手の傷はみるみると回復していった。
「ごめんね」
「えっ?」
「きついこと言って」
「……うん」
「でも、木村君にも、覚悟して欲しかったから」
「覚悟……」
舞は立ち上がる。人差し指をゆっくりと振っていき、水は一列に並んでそのあとを付いていく。ゆったりとした軌跡を描いて水の円弧は水飲み場の排水溝へと落ちていった。
舞はその軌跡を見つめていた。そして俊雄はそんな舞の瞳を見つめていた。
俊雄は、舞が今ここで覚悟を決めたのだと感じた。
「じゃぁ、私行くから」
一瞬背を向けてから、再び俊雄の方へと向き直った。俊雄は立ち上がり、舞の優しく真摯な笑みを正面で受け止めようとした。日は完全に沈み、街灯の明かりは舞の表情を明るく照らし出した。
「私、木村君には嘘をつきたくなかった……ちゃんと言っておかなくちゃいけないと思った。そうしないと、私の気が済まなかったから」
「……うん」
俊雄は、何か奇妙なすがすがしさを伴ったうれしさを感じながら、舞の背中を見送った。