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風雅、舞い - 第四章 ふたりの勇者 (10)
 その日、舞は学校に行く日と同じ時間に起きていた。準備に余裕のある舞は兄・奨を見送りに玄関へと出て、その時振り返った表情を見て何度目かの言葉を聞くことを悟っていた。
「ほんっとーに、いいのか?」
「もう、未練がましいんだから。何度も言ってるでしょ!」
 びしっと奨の眉間に指を立てる。
「あ・し・で・ま・と・い」
 舞がそう言えば、奨は何か声にならない愚痴を言ってから、学校へと行くしかなかった。
「舞……奨の気持ち、解ってやりなさい」
「判ってるって。でも、しょうがないじゃない」
 父の苦言にさらりと答えて、舞はダイニングに戻った。そこには、すでに父の作った朝食が並べられていた。
「それに、心配してくれることや、こういう風に朝食を作ってくれること、十分役に立ってるって自信持っていいよ?」
「図に乗るんじゃない」
 父が笑いながらそう言ってエプロンを脱いだとき、玄関のチャイムが鳴る。
「あ、私出る」
「いや、もう会社に行くから」
 そう言ってふたりは玄関へと出る。目の前に現れた人物に、舞は驚きながらもうれしかった。
「木村君……」
「じゃ、行くから」
 会社へと行く舞の父に俊雄は頭を下げ、それから舞の方を見る。
「どう……したの?」
「あ、うん、学校行かなきゃいけないから、あんまり時間がないんだけど……」
 ポケットの中をまさぐっている姿を、舞は眺めていた。自分が家にいて楽な服装をしているのとは対照的に、半袖のワイシャツを着た俊雄は生き生きとして見えた。
「こんなとき、どんなのがいいのか判らなかったんだけど……」
 ようやく取り出して手渡されたお守りには「交通安全」と書かれていた。
「ぷっ……あははははは」
「しょうがないよ、戦闘安全とかそんなのないし」
「あははははは……、うん、ありがと」
 舞は、にっこり笑った。その笑顔を見て、顔を赤らめながらも、うれしいと思った。
「ん?」
「ううん、なんていうか……意外だったから」
「こういう手助けなら何でも大歓迎だから」
「じゃあ、舞さんが帰ってきたら……」
 舞は、え……? と思いながら、次の言葉を待った。
「……勉強を教えてあげたいんだけど……」
「あ……」
 頭の中が空回りして次の言葉が出ないうちに、俊雄は玄関を出ていた。
「答は帰ってからでいいから。僕にできることは、できるだけしたいから……舞さんを護りたいって言葉、嘘じゃないし、今もまだ、想ってるから……」
 走っていく俊雄の姿を、まねき猫のような煮え切らない手を挙げて見送ることしかできなかった。
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