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風雅、舞い - 第四章 ふたりの勇者 (17)
「名前を聞いておこうか」
「名前ですか……それは無意味ですね。これから死ぬ人間に何を言えばいいというのですか」
「あいにく俺は不老不死でね、死にたくても死ねないのさ!!」
 雅樹が赤い炎を飛ばす。青年は跳び、銃を雅樹へと構えた。雅樹は見上げて、振りかぶる。
 雅樹の体が浮く。強い震動が地面を揺るがす。遠くの戦場で土煙が上がっているのを舞は見た。
「!!」
 落ちてくる青年を見た。銃口は常に雅樹を向いていた。雅樹は舞の身を案じた。自分が撃たれるだけなら、問題はない。問題はないのだから。
 雅樹の体を無数の弾丸が貫通した。背中から肉と骨が飛び散り、鮮血が宙を舞った。舞の瞳から涙が溢れ、青年の目が悦びを顕わした。
 舞が叫び声を上げる前に、雅樹は踏みとどまった。体から滝のように流れ落ちる血液と体液がアスファルトを満たしていく。青年は一瞬目を疑ったが、それに笑みで応えた。
「不老不死というのも、あながちはったりではないようですが、では……」
 青年はアーミーナイフを取り出す。カーキ色の鞘から抜き放たれる抜き身の剣。その剣を見て舞はとっさに攻撃準備に移る。
 刺すような視線。それは雅樹のものだった。雅樹の顔は苦痛に歪み血を滴らせていたが、そのプレッシャーに舞は素直に従った。舞が少し後ろに下がったとき、青年は踏み出した。
「……これは、どうです!?」
 袈裟掛けに振り降ろされる巨大なナイフを躱し、雅樹は右ストレートを放つ。だが、そのスピードは青年が躱すに十分のものだった。半歩バックステップしつつ返す刀を大きく跳ね上げる。再び舞う血と強い手応えに青年は言い尽くせぬ快感を感じていた。
 跳ね飛んだ左手、だが痛みはさほど感じない。今まではこのことを忌み嫌っていた。だが、視界の左隅に見える舞の姿は雅樹を変えていた。青年がナイフを返す状況も、雅樹はとても遅く感じられた。
 ナイフが振り降ろされた瞬間を雅樹は逃さなかった。右足から踏み込み体を捻り右手を突き上げる。その右手は狙い違わず直にナイフを掴んだ。
 血の滴る右腕に隠れた雅樹の顔から笑みがこぼれたのを、青年は見た。
 燃え上がる蒼い炎がナイフを包み込む。瞬時にひびが入り砕け散るナイフを手放し、やけどを負った右手で銃をとるが、スライドは後退していた。マガジンを換える暇もなく赤い炎をまとった右手が振りかぶられる。
 雅樹は冷静だった。畑の方を見れば近づきつつあるリシュネの背後から農家の納屋が飛んで来ていた。雅樹は後ろへと下がり、それから数秒後に何が起こりつつあるのか知った青年がこれを機に後退する。納屋は大きな放物線を描いて林へと突っ込み、木々をバネにして高く舞い上がった。雅樹は見上げ、最短距離へと跳び退こうとするが、体はそれに応えられなかった。
 宙を舞い、体を捻りつつ右手を振りかぶる。だが、雅樹の右腕は動かなかった。
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