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風雅、舞い - 第五章 変化 (11)
「これだけの医療設備が整ってはいるが、失敗してもおそらく助けられんぞ」
「一発勝負、後戻りはできないということですね」
 ベッドに横たわる行雄に、石和は最後の確認を取った。
「ふしぎなんです」
「何がだね?」
「全然、恐怖心が沸かないんです。それよりもなんていうか、子供の頃、初めて模型飛行機を飛ばしたような、そんな奇妙な期待感しか抱かないんです」
「そうかね」
「なんか、今の世界が夢のような気がしてます。何もかも晴ればれとしていて、とても気持ちいい感じです」
「そうか……成功を祈るよ」
「はい」
 行雄はうなずき、石和は部屋を出る。出たところに、青年が立っていた。
「麻薬でも盛ったのか?」
「いいえ。心が痛みますか?」
「馬鹿を言え。君ほどではなくても、十分悪人のつもりだ」
「それはそれは……」
 青年と石和は歩き出す。暗く汚く窓のない通路は、石和の気分を悪くさせた。
「ひとつ聞く。君はなぜ、手術を受けん。失敗の可能性があるからか?」
「奴の持っていたデータ……」
「この前盗み取ってきたあれかね」
「……そのデータは十二分に役に立ちましたよ。失敗はあり得ませんね」
「では……」
「あんな奴の手助けなど……」
 青年は急に立ち止まり、石和はその後ろ姿を見つめる。
「確かに、左は自分の好き勝手にやっていた。だが……君と左は、仲がいいと感じていたのだが、それほどまでに憎むようになった理由とは、なんなのかね」
「理由、ですか……」
 石和は辛抱強く答を待った。
「……そんなもの、知りません」
「知らない?」
「知りません。ただ、ただ私は、彼を殺したいと欲している。それだけで、十分ではないですか?」
「ではないと思うが」
「十分なんです!!」
 気付けば青年が銃を構えている。その顔は、引きつり強張っていた。
「奴は、左洋一は必ず殺さなければならないんですぅ!! 奴は、私の人生を、心を、すべてをズタズタに……」
 ゆっくりと銃が降りていき、そして、青年は肩を落としてゆっくりと歩いていった。
「左洋一……君はもしかしたら、とんでもない悪人なのかもしれないな……」
 そうは思いながらも、なぜか石和は感情を高ぶらせることがなかった。
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