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風雅、舞い - 第六章 帰郷 (3)
 湯船につかりながら、俊雄は顔を赤らめていた。と言っても、そういった要因はまったく見受けられない。なんの変哲もないその風呂は、幾分狭い石を組み上げた風呂場で、ガラスの向こうには林が見えて狸か何か出てきそうな雰囲気だった。混浴でもなければ、女湯の声も聞こえてこない。
 顔を赤らめる理由は、雅樹の会話だった。洗い場で体を洗う雅樹の会話は、本当に夫婦が一緒のお風呂に入っているかのようなもので、刺激的な単語は出ていなくても、その雰囲気は十分恥ずかしいものだった。
「ったく、おまえは便利だよなー、体洗わなくてもいつもきれいでいられてさ。明日山ん中で汗泥まみれになるかと思うと……んなこと思ってないって、俺が洗ったらおまえの珠のような肌に傷が付くってもんだ」
 そんな会話が耳に入らないように、俊雄は他のことを考える。そういえば、雅樹の体は、本当に人のものかと思えるものだった。服を脱げば、機能性を追求したとでも言うべきその体つきに目を見張ることになる。つやのある肌に被われたその体は、ぜい肉の類をまったく持っていない。また、ボディビルダーに見受けられるような筋肉も存在しない。だが、腕や体を曲げると、思い出したように巨大な力こぶが所々から浮き出てくる。
 長い間サッカーをしてきて、自分の体もそれなりに鍛えてきたつもりだった。けれども、目の前に見せつけられたその肉体は、あまりにも驚異だった。
 例えこの男が力を持っていなくとも、例え舞を護るためであったとしても、僕には、勝てない……。
 湯を頭から浴びて、雅樹が湯船へと入る。あふれ出した湯が洗い場を被った。俊雄と並ぶようにして、肩までゆっくりとつかる。
「なぁ、おまえ舞のこと好きか?」
「……はい、好きです」
 唐突な問にも、俊雄は素直に答えることができた。
「俺には、穂香しか見えない。だから、俺は舞とは……ダメなんだ」
「ダメって、何がです」
「俺は特別すぎるんだ。おまえと舞なら、うまくやっていけるだろ?」
「……僕は一度、ふられてますから」
「知ってるよ」
「知って……るんですか」
「舞は力を持っている。今、その力を肯定するか否定するか悩んでいる。ホントはな、力なんてものはない方がいいんだ。肯定なんてしちまうと、今までの人生ふいにしちまう」
「……」
「俺と一緒にいると、いつかは……俺は自分の力を肯定しているからな。だから、おまえが舞を引き留めなきゃいけない。力は仕方なく使うもの、そういう風にさせなきゃいけない」
「そのために、舞さんと付き合えって言うんですか?」
「俺は舞とは一緒になれない。だけどな、心配なんだよ」
「勝手ですよ……」
「だな」
「……」
 俊雄は湯船から出て、脱衣場へと行く。
「俺は長風呂なんだ。ゆっくりしてくからな」
 サッシが音を立てて閉まる。雅樹は、顔を洗った。
「……これで、いいんだって……」
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