「……どうしたのよ、その傷」
　変わって、男湯より幾分大きい女湯に、恭子の声がこだました。泡に包まれた舞の体に、無数の傷があった。傷と言っても、猫に引っかかれた程度のものだったが、その数は尋常ではなかったし、体全体を被っていた。
「水を操る練習でどうしても着いちゃうのよ。でもね、これって簡単に消えるの」
　傷のひとつを人差し指でなぞれば、マジックのように消えていた。
「全部消すのめんどくさいし、それに……未熟さの証拠だから」
「舞……」
　用心のために持ってきてある護符を一枚取ってから、泡を洗い落とさないまま立ち上がる。湯船の前に立ち、一回深呼吸をする。林とで挟むガラスの壁に、舞の裸体が反射している。そのガラスと舞との間を、ひらひらと護符が落ちていく。
「水よ、我が意の元に！！」
　噴き上がる水は天井近くでＵターンし、そして舞の上へと落ちた。床を満たす湯とともに、泡が流れ落ちていく。風呂の中はとたんに霞がかった。
「ほらね、やっぱり」
「やっぱりって……何が？」
　舞の左手が右肩をなでる。目を凝らしてよく見れば、そこにかみそり負けのような傷がいくつか現れていた。
「……他の傷も、そうやって着いたってこと？」
「そう。水の硬化度をコントロールできてない証拠。このくらいできなきゃ、どうしようもないのにな……」
　もう一度、今度は桶で湯を浴びてから、湯船へと入る。肩まで浸かり、上を向いて、目を閉じる。そして、ゆっくりと息を吐く。
「ホント、雅樹の足を引っ張るだけだね」
「そんなことないでしょ？　だって」
「……雅樹ってホント、戦う事に関してはとんでもなく強い……ううん、雅樹と穂香さんが強い、って感じかな」
「舞……」
「相手が数人いるときとか、なんて言うのかな、戦術では分からないけど、戦略の腕っていうのはとんでもない。そういうとき、私は足手まといになっちゃう」
「なんで？」
「指揮官は、穂香さんだから」
　目を開ければ、そこには高い天井だけがあった。
「穂香さんが考えて、雅樹が実行する。私は穂香さんの考えを雅樹からしか聞けない」
「穂香さんのこと、認めてるんだ」
「……もう、そうとしか考えられないかも……」