森の巨木が一斉に息を吹き返し、うっすらとした明るさだけを保つ早朝に真白い霧が立ちこめる。その中を、霧をかき分けるようにして舞を先頭に四人は歩いていく。
朝練を経験している俊雄はともかく、文化系一筋の恭子にとってこの早朝の強行軍は眠い目をこすりながらのものになるはずだったが、足下もおぼつかない岩道や蛇や熊が出るという木々の中を歩く緊張感は眠気を完全に払拭していた。
「ちょっと濃くなっちゃってきたかな……」
舞が先頭という意味は、最も地の利があるというだけではない。札を前に持ってきて念じれば、霧はすっと晴れた。しかし、圧倒的な量の水蒸気に舞の術も気休め程度にしかならなかった。
「まだかなりあるんでしょ?」
「恭子それ五度目」
「六度目だと思う」
「舞が聞き取れなかったのを入れれば十度目だと穂香が言ってるぜ」
「それじゃ僕がぶつぶつつぶやいてるみたいじゃないですかぁ」
そんな軽口を言っている間もちゃんと足が動き続けているという、人間の持つ高い機能に俊雄は感謝していた。
「あと一時間くらいで休める場所に来るから、そこで朝ご飯。今の調子なら、お昼前に着けるかな」
「今の調子が維持できるわけないじゃない……」
「その通り。舞は自分で行くときの時間で考えているだろうが、穂香の計算では三十分オーバーってところだな」
「そんなの言わないでよ……」
「おまえは結構楽そうに歩いてるな。やっぱサッカーやってるだけあるってか、九十分走りっぱなしなんだものな」
「ハーフタイムはありますよ。それに高校は九十分じゃありませんから」
「そうなのか?」
そんな会話を続けながらも一行は歩き続ける。もし霧が晴れていたら、それこそ三大秘境などと言えるような景色を見られたのだが、それは舞ですら滅多に見たことがなかったため、この会話に出ることも、それでふたりの疲れが取れることもなかった。
「ところで聞きたかったんですけど、舞さんって、なんでここが嫌いだったんですか?」
「そういえば、私も知らないや」
「恭子は、ここに住みたいって思う?」
「……まぁ、交通は本当に不便だけどね」
「不便どころじゃないわよ。電気もナシ、電話もナシ、新聞もナシ、テレビもナシ、もうなーんもナシ。おまけに交通の便が限りなく悪い、こんな場所誰も住みたいって思わないわよ」
「で、舞さんは出てきたってわけですかぁ?」
「何よその言い方は」
その声音には十分避難の色が見て取れて、舞は反論した。
「ふたりとも十分味わえばいいのよ。大自然に囲まれてさぞ快適でしょうよ」
「いや、舞……電気は通ってるはずだぞ?」
「え……ええ!?」
舞は本当に心底驚いていた。
朝練を経験している俊雄はともかく、文化系一筋の恭子にとってこの早朝の強行軍は眠い目をこすりながらのものになるはずだったが、足下もおぼつかない岩道や蛇や熊が出るという木々の中を歩く緊張感は眠気を完全に払拭していた。
「ちょっと濃くなっちゃってきたかな……」
舞が先頭という意味は、最も地の利があるというだけではない。札を前に持ってきて念じれば、霧はすっと晴れた。しかし、圧倒的な量の水蒸気に舞の術も気休め程度にしかならなかった。
「まだかなりあるんでしょ?」
「恭子それ五度目」
「六度目だと思う」
「舞が聞き取れなかったのを入れれば十度目だと穂香が言ってるぜ」
「それじゃ僕がぶつぶつつぶやいてるみたいじゃないですかぁ」
そんな軽口を言っている間もちゃんと足が動き続けているという、人間の持つ高い機能に俊雄は感謝していた。
「あと一時間くらいで休める場所に来るから、そこで朝ご飯。今の調子なら、お昼前に着けるかな」
「今の調子が維持できるわけないじゃない……」
「その通り。舞は自分で行くときの時間で考えているだろうが、穂香の計算では三十分オーバーってところだな」
「そんなの言わないでよ……」
「おまえは結構楽そうに歩いてるな。やっぱサッカーやってるだけあるってか、九十分走りっぱなしなんだものな」
「ハーフタイムはありますよ。それに高校は九十分じゃありませんから」
「そうなのか?」
そんな会話を続けながらも一行は歩き続ける。もし霧が晴れていたら、それこそ三大秘境などと言えるような景色を見られたのだが、それは舞ですら滅多に見たことがなかったため、この会話に出ることも、それでふたりの疲れが取れることもなかった。
「ところで聞きたかったんですけど、舞さんって、なんでここが嫌いだったんですか?」
「そういえば、私も知らないや」
「恭子は、ここに住みたいって思う?」
「……まぁ、交通は本当に不便だけどね」
「不便どころじゃないわよ。電気もナシ、電話もナシ、新聞もナシ、テレビもナシ、もうなーんもナシ。おまけに交通の便が限りなく悪い、こんな場所誰も住みたいって思わないわよ」
「で、舞さんは出てきたってわけですかぁ?」
「何よその言い方は」
その声音には十分避難の色が見て取れて、舞は反論した。
「ふたりとも十分味わえばいいのよ。大自然に囲まれてさぞ快適でしょうよ」
「いや、舞……電気は通ってるはずだぞ?」
「え……ええ!?」
舞は本当に心底驚いていた。