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風雅、舞い - 第六章 帰郷 (8)
 雅樹が住んでいたマンションの一室、そのドアには「モデルルーム」と書かれた張り紙が貼られていた。エレベーターから降りたふたりの男女が、その前へと立つ。
「ねぇ水希ちゃん、おっきくなったらこんなとこに住もうね!」
「って、何言ってるの火美ちゃん!?」
「大丈夫よ、ローンくらいあたしの稼ぎで返しちゃうんだから」
「そういうことじゃなくって……」
 どこからどう見ても中学生くらいのふたりは、その豪華なドアを開けて中へと入った。
「どうも〜、冷やかしに来ましたぁ」
「ごめんなさい、すぐに帰りますから……え?」
 呆然と立ち尽くすふたりの視界には、もうこれ以上ないというくらい壊し上げられた家具が散乱している。食器棚も、タンスも、冷蔵庫さえ、何か巨大な刃物に斬られたような形で原型を見事に崩している。散らばった破片で、足の踏み場もない状態だった。
「なんなのこれ……」
「きゃーっ、なんかすっごくいい感じ!! なんかサイケでデリシャスって感じ」
「火美ちゃん言ってる意味解ってる?」
 そのマンションの下を歩く男がいた。背広姿の行雄は地図を片手に周りを見回していた。
「それにしても、人がいなくてよかった……」
 この力を授かったとき、自分は生まれ変わったと感じた。だが、実際の生活のためには、この力を抑え込まなくてはならない。
「けど……」
 つい先ほど、思う存分暴れたときの感覚は、何物にも代え難いものであり、そして今までに経験したことのない快感だった。その悦びを理性という名の首輪と記憶という名の鎖を使って飼い慣らそうとしている、そう感じた。
「でも、いくら何でも人は斬れないよ……」
 そんなノイローゼ気味の感覚を覚えながらも、地図を確認しながら道をたどっていく。
「辻さんも無茶なこと言うよなぁ……」
 この力を授かってからは、逆に青年との関係もうまくいっていなかった。と言うよりも、青年と悦びを分かち合えるのは、自分の中の別の自分ではないか、そう感じていた。
 彼のようになりたい、そういう思いも強くあった。
「意を決しなきゃダメだよな……」
 ふと顔を上げると、目的の家が見つかった。とりあえず人がいないことを祈ろう……と、その家から、髪を短く切った長身のいかにもスポーツマンというような感じの青年が出てきた。
 あ、あれはレベル5重要人物結白舞の兄の奨! と思ってる間に奨は脇を通り過ぎてそのまま走って行ってしまった。振り向けば、青いサウナスーツはどんどんと遠ざかっていってしまった。
「……うーん、しょうがないな、いっちゃっちゃぁ」
 ……? ……? ……。しょうがなくない。大丈夫、ちゃんと追いつけるから。追いつめて、君のそのきれいな爪で切り裂いてあげるんだ。君も、その悦びの声を聞きたいだろう?
 行雄はうなずき、そして、飛んだ。
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