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風雅、舞い - 第八章 朱と碧 (9)
「でもさー、そんな簡単に感じ取るなんてことできるわけないわよー」
 板の間の上で手足を伸ばし、思いっきり「疲れたー!」という表情をする。
「たりめーだ。そんな簡単にできてたら俺だってできてる」
「はいはい、そうですかー」
 洗い場に三つ編みの女性が来る。舞が小声で雅樹に訊く。
「彼女の名前、教えてくれる?」
「ああ、梢昌子(こずえまさこ)っていうんだ」
「梢……?」
 赤葉様と同じ苗字。
「赤葉様の息子の嫁、だからな。……その息子は、かなり前に死んじまったからな、触れるなよ」
 舞は無言で頷いた。そんな気がしていたから、驚く事はなかった。
 そう思いながら眺めていると、野菜を洗い始めていた。
「あ、私も手伝います」
「あら、じゃあお願いしちゃおうかしら」
 それに答えて腕をめくろうとしたとき、かなりの数の野菜が目に入った。
「これ……全部?」
「ここには野菜しかないし、おもてなしするにはこれくらいないと」
「あ、……気を遣って下さってありがとうございます」
「いいのよ!」
 昌子は満面の笑みを浮かべて言った。
「外から来る人なんてほんとに珍しいし。そうそう、あとでいろいろ訊かせてね、下の話。今の流行とか!」
「ええ、そんなことでよろしければ」
 舞は少し前の自分を思い出していた。母が下界に降りる度に話を聞いたり、約束したおみやげに心を弾ませたり。
 そう。
 ここは、碧き泉に似ている。雰囲気が、空気が、似ている。
 でも、碧き泉じゃない。
 母も父も兄もお手伝いさんもいない。
 碧き泉じゃ、ない。
「だから……素直に、ほっとできるのかも……」
 舞は目を伏せて笑みを浮かべ、そうつぶやきつつ、空気の暖かさを味わっていた。
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