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風雅、舞い - 第十三章 二人の間 (19)
「さすがに、この味にも飽きてきましたね」
 青年は、容器に入ったままの大量のカプセルをかぶりつき、咀嚼した。
 カプセルのひとつが口からこぼれ落ち、柵を越えて階下に落ちる。廃工場の二階から見下ろすその広大な敷地には、大小様々な培養器が乱立していた。
 その間を、白衣を着た男女が走り回る。ちょうど、目の前の培養器に入れられた灰色の「生き物」が暴れ、喉を掻きむしっていた。
「これは廃棄した方がいいかもしれませんね」
「そうも言っていられないだろう。プレゼンは10日後なんだ、頭数は揃えておく必要がある」
 石和が書類を見て、眉間に皺を寄せる。石和の右側頭部は焼けただれ、右肩は「角状の何か」をスーツの上からでも見て取ることができた。
「プレゼンって結局何をすればいいんです? 家でも建てさせますか?」
「それはシュールでいいな。でも背広組に冗談は通じんだろ」
 青年は鼻で笑う。
「代わりに陸自を用意しておいた」
「へぇ……それはいいですね」
 青年は、心底感心した目を石和に向けた。
「戦車の一台でも潰せば、初期投資分は回収できたと感じてくれるだろう」
「そう願います。今予算を切られたら彼らの餌がなくなってしまいます」
「2、3日くらいはもつだろう?」
 目の前の培養器、その内側から鋭い爪が突き立てられ貫通する。染み出でる緑色の液体、それが灰色の爪を伝って裂け目から頭蓋へと注ぎ込まれる。その惨状に、学者達が虫けらの如く逃げていく。
「急所を貫かないようにしないとな……」
 石和は資料をめくり、対象のカルテを見つけるとそれを左手で広げたまま、右手を伸ばす。
 右腕を割いて三本の黒い棒が現れる。数カ所の節で折り畳まれた枝が伸び切り三本の長大な槍となって培養器ごと中のAWを貫いた。
 AWは口を真縦に広げ悲鳴を上げたが、それは溶液によって掻き消された。
「もう少し待って頂けませんか、そうしたら遊ばせてあげますから」
 青年は、口角に粉末を含む泡を滴らせながら、聞こえる耳すら持たない目の前の物体にそう語った。
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