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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (8)
 キィイイイイイイィ…………ィン。
 戸を開けて入った瞬間、高く、澄んだ音色が響いた。
 旅館の玄関に置かれている、濃緑色をした金属の鐘。両手で覆えるか覆えないかというほどの大きさ、その釣り鐘式の鐘が、外から吹き込んだ風に揺れたのか、透き通るような音を奏で上げた。
「はぁい」
 と奥から声が聞こえる。その間に舞は前に進む。「旅館の玄関」のはずなのだが、それは普通の家の玄関、と言っても差し支えないほど狭く、舞が詰めないと少年が入ってこれないほどだった。
 玄関の奥、板張りの通路を通って女将がやってくる。
 コォオオオオオオ…………ォン。
 少年が玄関に入り、後ろ手に引き戸を閉じる際にも鐘の音が響く。舞の時とは異なる、少し低い静かな音色。
「…………」
 一瞬、立ち止まってから、
「……お待ちしておりました」
 床に座り丁寧に頭を下げる。
「結白様でございますね、ご休憩とのことですがよろしいでしょうか」
「はい、本日中に帰らなければいけないので」
 と答えるよう智子から言われていた。
「それはそれは。僅かな時間でしょうけれども、どうぞごゆっくりおくつろぎください。ささ、どうぞ」
 女将に案内されるままに舞達は廊下を進む。中は板張りの細い通路が巡り、それはまるで迷路のように奥まで続いている。玄関からは想像もできないほど旅館は広かった。
 その通路を、当然だが女将は迷うことなく進む。「女将」……だと舞は思うが、それは身に着ける着物が非常に高価に見えるからそう思うだけで、もしかしたら違うかもしれない、とも感じる。背は舞よりも低く、表情もどことなく子供っぽさを感じさせる柔和なもので、「女将」という言葉から感じられる威厳のようなものは、目の前の女性からは感じられなかった。
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