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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (10)
「こちらでございます」
 女将に案内されて入った部屋は、狭いながらも小奇麗な和室だった。
 八畳の畳と、奥に二畳の板の間。漆喰と木の柱で構成された室内は、隅々まで掃除が行き届いているのか、とても清潔に感じられた。
「落ち着けそう……」
 舞は心底、ここで泊まりたいと思った。
「お風呂場はこちらにございます」
 部屋の入り口から右に入ると、その奥に露天風呂があった。
 床、壁、浴槽は木材で構成され、表面は光沢のある橙色をしている。浴槽は長方形で、二人入ってまだ余裕があるくらいの広さ。浴室の二面と天井はなく、周囲は外と継ながっており、その旅館全体を木々が囲んでいた。
「こちらは当旅館の私有林となっておりますので、覗かれる心配はございませんから」
「あ、そうですよね」
 碧き泉の環境と重ね合わせていた舞は、そんな心配思いもしなかった。
「隣の部屋との距離は離れておりますし、この下では川が流れておりますから、お声が届く心配もございません」
 舞は風呂場に入り、奥の柵から乗り出して下を見る。暗くて見えないが、川が勢いよく流れているのは感じられる。その音が思いの外大きく、声が漏れたとしても届かないだろう。
「……ここ、戦いやすそう」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「ご案内は以上となりますので、ごゆっくりおくつろぎください。ご用の際には内線2番からお呼びください」
 部屋の入り口で、女将は再び床に手を付いて頭を下げる。
「わたくし、当旅館の女将をしております羽鳥(はとり)と申します。ご用の際はなんなりとお申し付けください」
「あ、はい、こちらこそ」
 舞もつられて頭を下げた。
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