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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (11)
「あはぁ〜……こういう時なんて言うんだっけ、ごくらくごくらく?」
 檜の湯船に肩まで浸かって、少年は足を伸ばす。その表情はこれまで見てきたどの顔よりもリラックスしているように見えて、それだけでも来たかいがあったと舞は感じた。
「時間はたっぷりあるから、ゆっくりしていこーね」
 舞は後ろでまとめた長い黒髪を濡らさないように、肩から湯を掛ける。舞にとっても、ここは碧き泉を連想させて、心地よい場所だった。
「ん? ……何じろじろ見てるのよ」
 気付けば、洗い場で座っている舞の背を少年はまじまじと見ていた。見た目が子供とはいえ、オトコノコからじろじろ見られればそれなりに気にはなる。
「別にそういう意味じゃないよ。先生が前に言ってたんだ、肌に小さな傷がたくさんあって、練習の跡なんだって」
「そっか。最近治癒の練習もしていて、それでこの前全部治しちゃったんだよね。またつけてみようか」
「え?」
 少年が止める間もなく、舞は勢いよく蛇口を開いて、手を横に薙ぐ。
『水流よ我が表層を疾れ!』
 声と共に蛇口から吹き出る水が舞の肌を覆い隠す。高い振動音が外の川の音さえも掻き消す。
『散!』
 覆っていた水流が飛び散る。玉のような肌が露わになる――その表面には、無数の赤い線。
「それが……」
「ま、今のはわざとなんだけどね。最近は体に傷がついてもいいからできるだけギリギリを流す方がいいかなって思うし、それに簡単に治せるから」
 左手をへその下に当てる。
『内にたゆたう命の波よ、面を覆う数多の瑕を流し落とせ』
 その言葉と共に、体を覆う細かな傷が、逃げるように消えていった。
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