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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (19)
「なんだい、あの鐘?」
 男は手際よくせんべいを白い紙袋に入れていきながら、つまらなそうに聞き返す。
「あれはここじゃ昔からあるもんでね、今はもう作られてないんだわ」
「じゃあ結構古いものなんですか?」
「そうだろうね、オレが生まれた時からあったからなぁ。へいおまち!」
 茶色の紙袋を受け取り、代金を渡す。
「ありがとうございます……あれ?」
 いつの間にか少年がいなくなっていた。
「あの坊主? 隣行ったみたいだけど」
「あ、ありがとうございます」
 舞は頭を下げてとなりへと向かう。しかし隣にはおらず、その二軒先にいた。
「ちょっと、勝手にいかないでよ……どうしたの?」
 そこは土産物屋で、軒先には無数の土産が置かれていた。が、少年はその端の、別のものに気を取られていた。
 舞が近づくと、その少年が見る目の前で、天井から吊された鐘が、キィンと音を立てた。
「あ、また……」
「駄目だよそれは、売りもんじゃないんだから」
 声音からして攻撃的な、幅の広い女性がやってきて、少年を睨み付ける。
「これと同じもの、売ってないんですか?」
「ないよ。もう作れないんだから。これだって重要文化財なんだから傷つけたらただじゃおかないよ」
 というわりにはその鐘は埃まみれで蜘蛛の巣さえ張っていたが、それでも似た鐘が土産物の中にないため、売り物ではないことは分かるし、普通の土産物とは違う荘厳さも感じなくはなかった。
 売り物ではないと言われても、少年はその鐘から目を逸らそうとはしなかった。
「……どうしたの?」
「さっきの鐘の音――どこかで聞いた気がする。なんだか懐かしい音だった――」
 舞ははっとする。ここは少年の故郷なのだから。あり得ないことではない……そう思いたかった。
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