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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (25)
「っ……」
「どうしたの?」
 智子はおそろおそろ尋く。
 舞は、扉から漏れる風に、奇妙な違和感を感じていた。崖の側で感じた、警戒心を掻き立てる匂いのする空気が、焦げ茶色をした引き戸の奥から吹いてくる。
 そのわずかに開いた扉に手を掛けてみるが、軋んだ音を上げただけで、開くことはなかった。
「彼がいてくれたらいいんだけど……」
「ねー、ちょっと来てくれない!!?」
 智子は大声を上げて呼ぶが、返事はない。
「変ねぇ……聞こえないってことはないと思うんだけど」
 噴き付ける風が強く、家が大きいとしても、それでも届く距離だったし、少なくとも少年の耳は聞き取れるだけの感度を持っているはずだった。
「無理矢理開けてみます」
「え? そこまでなんで?」
 舞は答えない。自分でも理由が分からない。ただ単に、この胸くそ悪い空気に当てられただけかもしれない。
 舞は手を上に挙げ、引き戸の上の端に力を込める。黒ずんだ木製のはめ込みは、まず白く霜が掛かり、続いてその霜を切り裂くようにひびが入っていく。
「壊すつもり?」
「入り込む水蒸気をどんどん結晶化させてしまえば……ほら」
 舞は距離を取り、智子を壁の後ろへと下げさせる。はめ込みが割れ、扉が外れる。その瞬間、扉は風に巻き上げられ、舞の脇を通って家の外へと吹き出される。
 扉の奥には部屋があったが、それは一坪もない、部屋とも呼べない狭さの部屋だった。
 その部屋に床はなく、石でできた床があり、その中央に大きな穴が空いていた。風はそこから吹き出し、部屋をのぞき込む舞達を押しとどめようとしていた。
「……厠?」
「え”」
 舞は思わず顔を引く。
「……でもそういう感じじゃなさそうですけど」
 瞬間、扉の上にあった柱が、先ほどのショックか風の影響かまっぷたつに折れる。
「えっ……」
「! 先生!」
 張力の均衡が狂い、家の柱数本が同時に折れ、板張りの床が水面のように跳ね上がる。
「な――」
 智子を抱きしめながら、舞は、その床の下にある、底知れぬ虚無に恐怖しながら飲み込まれた。
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