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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (27)
 少年は、洞窟を黙々と歩いていた。
 灯りはない。外から届く僅かな光を、感度を上げて視ることはできる。しかし、少年はそれも必要としていなかった。
 どこへ向かっているのか、少年すらも知らなかった。
 そもそも、家の外、不自然な石が埋まっているのを見つけた時から、突き動かされるようにしてここまで来ていた。石をずらして見つけた階段を降り、洞窟へと入り、迷路のような道を迷うことなく進んでいた。
 僕は、ここに来たことなどないのに。
 両親の記憶が何らかの形で刷り込まれているのかもしれない。少年が生活する上で必要な知識は、培養器で育てられている間に植え付けられたものだ。その中に両親の記憶が含まれていたのかもしれない。
 智子先生は何も言っていなかったが、左であれば何も言わずにするに違いない。
 だから、少年は自らに従い洞窟を進む。その先に、母親がいると信じて。
「……本当にいるのか?」
 そう、口に出してみる。
 言えば、信じられる気が少しずつしてきた。
 最近、自分の心が揺らいでいると感じる。
 母親の事が一番の理由だろうし、数日間、舞と一緒にいたこともあると思う。
 自分の命は作られた命。過去の記憶を持たず、未来への成長もなく、ただ今しかない自分に、何があるというのか。
 でも、母がいる。父もいる。
 舞を見ていると、能力があっても人並みの生き方はできると分かる。
 最近は、リシュネも変わりつつあった。
 APであっても、ヒトの輪の中にいなくても、それでも、もしかしたら「普通の生き方」というものが得られるのかもしれない。
 肩肘を張らなくてもいい、その誘惑が、同時に自分を縛り付ける。
 APである自分に許される生き方なんて、たかが知れている。普通の生活なんて、できるはずがない。
 本当にそうなのだろうか。
 その答を、母親が教えてくれる、そう感じた。
 そして。
 目の前に、その母親がいた。
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