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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (28)
『止まれ!』
 少年の目には、母親しか写っていなかった。
『おい、止まれって言ってんだろ!!』
 だから、その前に立ち塞がるように立っている男は、岩肌に生えた苔くらいにしか見えていない。
『このっ――』
 少年はそのままの勢いで、何かを振り上げた男を轢き、そんなものには目もくれず、真っ直ぐ母親の元へと駆けつけた。
「お母さん!!」
 母親は岩肌にもたれかかるようにして倒れていた。体には金属でできた二叉の銛が突き立てられ、滴る血はすぐ側の地底湖へと流れていた。
「母さん、母さん!!」
 少年は肩を持って揺する。揺らしてはいけないと分かっていても、目を覚まして声を掛けて欲しかった。
『おいっ、成宮、成宮ッ!!』
『母親……? こいつ、村長の子供なのか?』
『ああ、鐘はこいつが近づいたら鳴ったんだ』
「母さん!!」
「…………?」
「!!」
 その母が、目を覚ました。
「お母さん!!」
「……あなたは……?」
「!」
 少年の手が、強張る。
「……ああ、あなたが左さんの言っていた……私から産まれてくるっていう、子供……」
「! そうだよ、僕がお母さんの子供だよ!!」
『でもよ、あいつ子供だぜ……』
『それでも、村長の家族は殺せって言われてるし』
『いや、無理だって……? おい河守』
 少年が跳ね飛ばした男のすぐ側で泣いていた男が少年の背後から近づき、銛を振り上げ、少年の背に突き立てた。
 少年は、少し体を揺らしただけで。
「お母さん、良かった、本当に良かった……」
 ただただ母親を見つめその手を握り、笑いながら涙をこぼしていた。
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