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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (29)
「……ごめんね」
「えっ?」
 母親は少年の涙を手で拭い、代わりに自分が涙する。
「私はね、APっていう、特殊な人なの」
「うん、僕もAPだよ!」
「そうだったわね……ならわかるでしょう、私は自分の事がすごくよく分かるの」
「え?」
「……ごめんね、お母さん、もうすぐ死んじゃうみたい」
 冷たい手。
 止まらない血。
「……そ、そんなことないよ! だってAPだもん、絶対に死なないよ」
『貸せっ!』
『あっ』
 隣の男の銛を奪い、続けて少年の背に突き立てる。心臓を貫き二本の切っ先が胸へと現れるが、それでも少年は口に血を滴らせるだけで、母親を見つめ続けていた。
「APはそう簡単に死なないから! 先生だって、左さんだってそう言ってたから!」
 母親はゆっくりと首を振る。
「左さんがね、最初に言っていたの。……完全なAPになれるかどうかは分からないって。副作用で死んでしまうかもしれないって……」
「そ――」
「それに言ったでしょう、私には分かってしまうの、だから――」
 母親は、少年を引き寄せ、抱きしめた。
「あ……」
「ごめんなさい、でも、少しの間だけこうさせて……」
「…………」
 少年の顔を、母親は胸へと埋める。
 とくとく、と、心音が伝わってくる。暖かい、母親の鼓動。
「お父さんと一緒に、強く生きるのよ……」
 その音が、少しずつ、少しずつ弱くなり――やがて、消えた。
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