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風雅、舞い - 第十五章 濁る澱み、清らかな血溜り (31)
 胸に突き立てられた銛も、少年は引き抜くことができなかった。
 銛の先に返しが付いているわけではない。
 そもそも、油断していたからといってAPの身体に深々と突き立てられる刃が存在するとは思えない。
「何が……っ?」
 少年はよろけ、後ろへと下がる。背中に二本、胸に一本、バランスを崩させるのに十分の重さだった。
 ……そんなはずがない。APは不死身だ、そんな簡単に死ぬわけがない。死ぬわけが――。
 母の死体が目に入る。母を死に追い遣った、銛。その脇に滴る血溜りは、母による血だけではない。
 意識が朦朧とし、頭が回らない。
「そんなわけない……ないんだよっ!!」
 少年は胸の銛を掴み、引き抜こうとする。だがそれは、びくともしない。
 あり得ない!
 なんで抜けない!
 なんで……こいつらが母さんを殺したんだぞ! こんなふざけたお面を被った奴らに母さんは殺されたんだ! なのに……。
「くそっ!!」
 銛を引き抜くことを諦め、右手を振りかざして男達に向かう。
 だが、最初に男を轢き殺した時の速さも強さもない。それどころか、よろけてその場に膝を付いてしまう。
 人影を感じて、少年は見上げる。河守と呼ばれた男が、手に銛を持ち、立っていた。銛の先には血、赤い、母親の血。
「こ――――ッ!!」
 少年は、激高する。
 だが、体は動かなかった。
『いい加減死ねよ、化け物』
 男は、少年の顔面に銛を突き立て、振り回し、池へと投げ捨てた。
 そんな――。
 少年の右手が母親へと延びる、だがその姿は水面へと消える。少年の体は水没し、地底湖の底の底へと沈んでいった。
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