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風雅、舞い - 第十六章 崩壊 (1)
 手すりへと登り、立つ。
 三十階建てのビルの屋上から見下ろせば、公園や街路樹の木々は既に裸となり、歩道には黄色い枯れ葉が敷き詰められている。見上げる空は灰色で、地平線に連なるビル群との境界を霞ませていた。
 何度となく見てきたその光景は、もう目に入らない。
 そのまま体を傾け、頭から墜ちる。
 黒いジャケットが風にはためき、四肢は玩具のように振り回される。その腕が横に振れ壁に当たり、肘から下がちぎれ飛ぶ。体は角度を変え、鮮血をまき散らしながら独楽のように回転し、少し離れた車道へと落下した。体は凄まじい勢いで打ち付けられ、頭蓋は割れその形をとどめていなかった。
 赤くくすんだ体液が流れ出る中、甲高い悲鳴や急ブレーキの音が鳴り響き、人が集まってくる。だが、あまりにも絶望的なその姿に、近寄る者は誰もいなかった。
 ましてや、生きているはずのないそれが、手を路面につき、体を起こそうとしているのであれば。
「痛ぇ……」
 でも、死ねていない。
 意識もやや混濁しているだけで、失ってはいない。
「やっぱり死ねないのか……」
 何十年も前から試してきた事だった。分かりきったことだった。永遠の未来に恐怖し絶望した瞬間から渇望した「死」、だがけして届かない。
 だから、ずっと諦めていた。そして、生きることも悪くない、そう思えてもきていた。
 死ねる、そう知った瞬間までは。
「面白い遊びをしているのね、朴」
 その声を聞いて、雅樹はすでに回復しつつあるその顔を上げた。
 そこには、白いドレスを着た、銀髪の女がいた。
「か、神薙遥……!」
 遥は雅樹の血にまみれた髪を掴み、軽々と引き上げた。
「まるでぼろ雑巾ね、体は回復しても服は元通りにならないんだから、替えるくらいすれば――」
 雅樹は腕を振るう。遥は手を放し距離を取る。雅樹の右手には蒼い炎が閃いていたが、遥の服にはそれによるものらしき傷はなかった。
「……お前に、訊きたいことがある」
「どうやって?」
 遥は、舌なめずりをした。
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